前向きに、ひたむきな

その子の言葉は、わたしにとって新鮮で、そして嬉しい言葉だった。わたしに憧れてGKになったなんて、今まで言われてきた言葉の中でもしかしたら一番嬉しい褒め言葉だったのかもしれない。

「円堂さん!」
「立向居くん!なに?どうかしたの?」
「いえ、あの…円堂さんが居たから、つい声をかけてしまって…」

笑ったと思ったら、しゅんとなったりする表情の動きがとても可愛くて。申し訳無さそうに眉尻を下げる立向居くんの頭に手を伸ばしてその茶色いふわふわの頭を撫でてみる。途端にパッと表情を輝かせた彼を見て思わず和む。…癒されるなあ。
ここの所、真帝国との試合やら染岡くんの離脱やら、エイリア学園のイプシロンとの試合でいつでも気持ちを張り詰めていなければならなかった為か、立向居くんみたいな子を見ていると気持ちが自然と緩んでくるのを感じる。…こんなの、本当に久しぶり。
雷門に帰ったかのような心地に陥りながら、ゆっくりとわたしよりも背の高い立向居くんの頭を撫で続けた。

「円堂さん、何してたんですか?」
「わたし?わたしはちょっとお散歩。さっきまでタイヤで特訓してたんだけど、ちょっと疲れちゃって…今は休憩中なの」
「そうなんですか!?あの、…俺も一緒に散歩してもいいですか?」
「うん、勿論いいよ〜。一緒にお散歩しよっか」

遠慮がちにこちらを伺う彼の様子がとても可愛くて、思わず笑いながら頷いた。すーっと隣に寄ってきた彼の右手をそっと握って、ゆっくりと歩き出す。わたしよりも体温の高い、大きな手のひらは少しだけ湿っていて、震えていた。

「あ、あの…円堂さん、手…」
「え?手、繋ぐのいや?」
「い、いえ!そういう訳じゃないんですけど…」
「じゃあ気にしないの!…ほら、行こ」
「は、はい!」

もう時刻は夕方を過ぎていて、明るい夕日がそこらを赤く照らしていた。何だかんだと話しながら、立向居くんに案内されて陽花戸中の校舎を歩く。少しだけ冷えた空気がとても心地よい。


「何か落ち着くなあ」
「…へ?」
「…立向居くんと一緒にいると、何か癒されちゃうの」

張り詰めていた緊張がほぐれる僅かな瞬間だった。明日になればまた厳しい特訓をしなければならないし、皆をもっともっと支えなくちゃいけなくなる。別にそれが苦な訳じゃないけど、…でも少しだけ不安だ。キャプテンとしてしっかりしなくちゃいけないって言うのはちゃんと分ってるけど、相手に対する怯えとか恐怖とか、そんなのが無い訳じゃない。…つまり、わたし自身が皆に大丈夫、頑張れる、と言い続ける事で自己暗示をしている状態なのだ。…ううん、やっぱりわたしってまだまだ弱いなあ。振り返ってみて思わず苦笑を漏らす。もっともっと、頑張らなくちゃ。

「…円堂さん?」
「え?…あ、ごめん、どうかした?」
「あ、…いいえ、ちょっと元気ないなって思いまして…」

ちょっとぼーっとしていたのだろうか、気が付けば心配そうに立向居くんに顔を覗きこまれていた。くりくりとしたつぶらな瞳がわたしをじっと見つめているのを見て、一瞬垂れた犬耳が見えたような気もする。…可愛いなあ。

「…ん、大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだから」
「そうですか…?」

なら良いんですけど…。と、気遣わしげな口調で立向居くんは繋がれたわたしの手をぎゅっとちょっとだけ強く握った。

「…円堂さんは、ホントに凄いと思います。女の人なのに、手だって俺より小さいのに、…すごく立派にゴールを守ってる。俺、本当に円堂さんみたいになりたいって思いました」
「…ありがと」

言葉の端々から、真剣にわたしに憧れてくれてるってひしひしと訴える彼の言葉を聞いて、少しだけ微笑む。…良い子だなあ、本当に。

「だから、俺もっともっと特訓します。円堂さんみたいになって、円堂さんを支えられるくらいになります!」

決然と言い放たれた言葉。ふと彼の顔を見上げると、真剣な顔をしてわたしをじっと見つめていた。その言葉に、思わず安心感を貰う。こんなにも真っ直ぐ憧れの気持ちをくれるなんて、本当に嬉しい。そして、支えになりたいって言ってくれる、その気持ちも。

(…ホント、まだまだだなあ、わたし)

こんな素敵な事言ってくれる子が、目の前にいてくれる。真っ直ぐ憧れて、努力をしている子が。なのに、その子を目の前にしながら少しとは言えども少し暗い気持ちになりかけていた自分が情けないと感じた。

「…楽しみだね。立向居くんと一緒にピッチに立てる日が来るのを待ってるから!」
「…はい!俺、頑張ります!」
「よし!そうと決まったらまた特訓しますか!一緒にやろう!」
「はい!」

もっともっと、頑張らなくては。こうやって憧れてくれてるなら、わたしみたいになりたいって思ってくれる子がいるなら。その子達に呆れられないように、もっと特訓して強くなって、引っ張ってあげなければ。決意を新たにわたしは再びタイヤに向かった。








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