温もりの記憶

目の前で起こっている事が信じられなかった。どうして、あんなに優しくて強いあの二人がわたし達の前に立ちふさがっているのだろうか。そして、身体を痛めつけるような禁断の術を使っているのだろうか?…どうして、染岡くんが足を押さえて痛がっているのだろう、鬼道くんの声が震えているのは、わたしの気のせい?

呆然とした意識のまま進んでゆく試合と、それに伴って上がる苦痛の声、勝ち誇ったような高笑い、…そして、鬼道くんの、佐久間くん達を呼ぶ悲痛な声。それが耳の中でがんがんと鳴り響いてやまなかった。ただただ、機械的にボールを押さえる、…それがわたしに出来た精一杯の事。

***

いっそ、夢なら良いのに。そう思いながら、哀しく点滅する赤い光を見つめる。からからと乾いた音が伝えてくるのは、今の今まで行っていた試合を現実としてわたしに伝える物だった。
鬼道くんの謝罪の言葉、そして佐久間くん達の謝罪の言葉が何処か遠い世界に居るかのように聞こえる。頭の中ではたくさんの疑問が渦巻いていて、けれどどれ一つとしてそれが言葉にならない。
あの不動くんという子は何処へいったのか。影山さんを乗せた潜水艦の行方は?…あの子の言葉に惑わされてしまいかねないほどに佐久間くんや源田くんが抱え込んでしまった悔しさと重責とは?…どれもこれも、わたしにはいまいち理解の範疇を超えてしまうようなものだ。

いつだって完全な勝利などあり得ない。勝つために頑張る、それが大切な事。わたしの中の大切なものは、いつだって“諦めない気持ち”だった。だって、それがあったからわたしは、わたし達はFFで優勝する事が出来たのだから。あれだけ弱い、最弱校だと馬鹿にされていても、諦めなかったからここまで来る事が出来た。
…でも、それはあくまでわたしが大切だって思っているだけの事。わたしの独りよがりの考えなのだとそう悟る。彼らにとっては帝国の無敗だったことへの誇り、勝つ事への渇望があってこその上達だったのかもしれない。その辺りは、わたしにもよく分らないけれど。

「…すまないな、余計な世話までさせてしまった」
「…源田くん…」
「しかも…こんなみっとも無い所を見られてしまうなんてな…我ながら情けないよ」

へにゃ、と眉を下げて笑う源田くんは、先程まで身体を酷使してまで勝利を渇望した狂気的な面影を一切感じなかった。その様子はいつもの優しい源田くんだったから、思わずその大きくてごつごつした手をそっと握る。いくつも肉刺が出来ていて、少しだけちくりとしたけれどそれでもやっぱりやんわりとしたチカラ加減で握り返してくれる手は暖かかった。

「気にしないで…全然情けなくないよ。…それに、わたし達こそ謝らなきゃ。ずーっと鬼道くんを独占しててごめんね。帝国に返却しなきゃいけなかったのに…」
「…円堂、俺は物扱いか…」
「ははは…形無しだな、鬼道」
「レンタル料っていくらなのかな…」
「鬼道は高くつくぞ。そうだな…大体月10万くらいだな」
「高い…そんなお金払えないよ…」
「おい」

その場の薄暗い感覚を晴らしてしまいたくて、大げさに茶化すようにそう言うと、佐久間くんと話していた鬼道くんが微妙な顔でこちらに向き直った。対して、源田くんや佐久間くんはどこか吹っ切れたかのように笑う。

その笑顔に安心して、あとは他の皆と一緒に救急車を見送る。そして、その中でわたしは新たに学んだ様々な人の考え方を心に刻む。…多分、今後こういったことが出てくるだろう。だから、そういうのも含めてちゃんと皆を支えていかなければならない。

…けれど、それは結局守れずじまいだった。まさか、一番身近な人が、わたしのせいでそんな想いを抱いてしまうなんて、このときはまだ、誰も想像しないまま。








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