円堂が木野と付き合い始めたという噂は直ぐに雷門のサッカー部全体に伝わった。皆、誰もが予想した結果であり、誰もがお似合いだと2人を囃し立てている。俺は、それを聞いて皆と一緒に囃し立てながら、頭の中ではもう1人のマネージャー、斉茗の事をずっと考えていた。…彼女は、この知らせをどんな想いで聞いたのだろうか。
彼女が円堂の事をずっと長く想い続けていたことも知っているし、また木野の事も大切な友達として捉えている事も知っていた。大切な幼馴染と、大切な友達。
どちらかを取る事も出来ず、かといってどちらかを嫌う事も出来ない。…優しい、と言うよりも大人しすぎる彼女には、辛い事のように思うのだろう。

同時に俺にとってもこの出来事はかなり大きな事である。俺は、どんなに円堂を想っていようとも変わらず斉茗の事が好きだった。今でもその気持ちは変わってはいない。…そして、俺にとってはいわば恋敵とも言おう円堂は、今は木野と付き合い始めている。俺にとっては、絶好のチャンスともいえるのだろう。

そんな汚くて矮小な気持ちと、純粋に彼女を心配する気持ちを綯い交ぜにしたまま、俺は早足で彼女を探していたら、やっぱりあの時と変わらずに泣いている彼女に遭遇した。

「…斉茗」
「風、まる、く…」

淡い碧の瞳の周りは既に涙で濡れてキラキラと光っていて、それを縁取る睫や白い頬にもいくつも白い筋がうっすらと残っているのが伺える。恐らく、ずっと泣いていたんだろう。瞳がまるでうさぎの様に充血していて、とても痛々しく俺の目には映った。
俺の名前を呟いてから、微動だにせずすすり泣いている彼女の頬に手を伸ばす。今にも乾いて白くなってしまいそうな涙の筋を指の腹で痛くないようにそうっと擦ったら、再び俺の名前を紡いだ斉茗は、しゃくりをあげながら俺の手を優しく振り払った。

「だいじょ…ぶ…大丈、夫、…だから、…」

だから、構わないで。そう呟いて、彼女はたっと駆け出してしまった。俺は思考を一瞬停止させた後、すぐにはっと気付いて彼女を追う。今此処で彼女を見失ってしまったら、何だか取り返しのつかない事になってしまいそうで。今ならまだ間に合う、そんな根拠の無い自信と共に彼女の背を追いかけた。
幸いにして彼女はあまり足が速くなかったようで、俺は彼女に直ぐに追いつく事が出来た。その細い腕を掴んで、何とかその場に引き止める。小刻みに震えて、ぐす、という声が聞こえるたびにいたたまれなさが増していったが、それでも俺はその腕を掴んだ手を放すことは無かった。

「…かぜまる、くん…放して…」
「…嫌だ。今は放せない、…放さない」

弱弱しい涙声で放してくれ、と懇願する彼女の願いを聞かず、僅かに腕を握る手の強さを強める。決して逃がさないように、離れていかないように。

「…なあ、もう一度あの公園に行こう。…そうしたら、思いっきり泣いてもいいから」
「…」
「この事は、誰にも言わないし、…俺のお節介なんだ。…な、思いっきり泣いた方がすっきりするぞ」

出来るだけ柔らかな声で諦めずにそう話しかけたら、彼女は黙ったままで一つ頷いてくれた。その行動だけで俺は心の中で少し舞い上がって、彼女の腕を引いて歩き出す。
…一先ずは、思いっきり泣かせてすっきりさせてやろう、そんなお節介な心持を抱えながら。


優しさと哀れみの背反


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