夕暮れ時の公園には人っ子一人としていなくて、完全に俺と斉茗の2人きりで世界が構成されているようだった。…そうなる様に、俺が斉茗を此処へ連れて来たのだ。

あの後、やはり何処か辛そうに微笑みながら円堂と木野が仲良く連れ立って帰ってゆくのを眺めていた彼女を、此処に誘った。此処ならば、誰にも知られること無く泣けるだろう、と考えて。
くすん、と軽く鼻を啜る音にはっと意識を彼女の方に戻せば、鼻の先を赤くしながらぼんやりとブランコを漕いでいる斉茗がいた。…涙の方は、大分落ち着きを見せたらしい。

「…もう大丈夫か?」
「うん。…ごめんね、風丸くん、迷惑かけちゃって…」

日の光を吸収して綺麗に輝く碧の瞳には、少しだけ充血した後が残っていて、痛々しく俺の目には映った。同時に彼女が目を瞬かせる度に長い睫が涙を含んでいた影響のせいかキラキラと輝く様がとても神秘的で美しく見える。…背反の考えか、今はそんな事を考えている時では無いというのに。頭を一振りして今までの考えを払拭させてから彼女の方へ再び目を向けると、大きな瞳とばっちり目線が合う。そのまま、彼女は何を思ったか、悲しそうに微笑んだ。桃色の唇が言葉を紡ぐ。

「…ねえ、風丸くん。秋ちゃんって、良い子だよね」
「…は?」

俺の予測とは全く異なる答えを口にした彼女に、思わず目を見開く。秋ちゃん、というのは木野の事だろう。しかし、さっき彼女が泣いていた原因は…まあ本人には全く悪気は無いだろうが…円堂と木野の関係、の様な事だったと見えたのだが。

「秋ちゃん。優しくて、可愛いし…頭も良いし。しっかり者で、明るくて…とっても、良い子だと思うの」
「…ああ、そうだな」

素直に納得出来ることをぽつぽつと呟いていくのを聞いて、それに相槌を打つ。…確かに、木野は凄く良い奴で、良いマネージャーで。雷門の母と呼ばれるのも頷けるくらい、世話好きで、場の雰囲気を和ませる事もしてくれるムードメーカーをしてくれることもある。

彼女の言うことは、正論だった。否定の仕様が無いし、否定しようとも思わない。
斉茗はキィ、と錆びた音を立てながらブランコを軽く漕いで、更に続けた。

「私みたいなのとも…仲良くしてくれるし…私ね、秋ちゃんの事、だいすきだよ。…秋ちゃんみたいに仲良くしてくれる人、初めてだったの」
「…そうか」
「私…どん臭くて、泣き虫で、…何をやっても1人じゃ何も上手く出来なかったから…小さい頃から守しか傍にいてくれなくて…だから…」

段々と小さくなっていく声。震えて、涙交じりになっていくのに耐え切れなくて、思わず彼女の前に立って、ブランコに座ったままの彼女をゆっくりと抱きしめた。俺よりも一周りも二周りも細くて頼りない身体が俺の身体に微かな振動を与え続ける。
そんな状態になりながらも、必死で言葉を紡ぎ続ける彼女を少しでも落ち着かせようと背中をゆっくりと上下に撫でてやれば、彼女の身体を伝う震動も少しずつ収まってきた。そして、暫くしてぽつり、と呟く。

「…守はね、きっと…ううん、絶対秋ちゃんのこと、好きなんだよ…だから…だから、笑って、見守ってあげなくちゃ…」

今まで、守にも秋ちゃんにも迷惑ばっかりかけてきたから、二人が幸せになるために、私の気持ちを。

そう呟いて、ぐっと俺の肩に額を押し付けた彼女は、泣き笑いの様な声音で俺に向かって囁くように呟いた。

「…ごめんなさい、ちょっとだけ…ちょっとだけ、肩を貸して。…すぐに、落ち着くから…ッ…」

直後、肩口から漏れる辛そうに押し殺した啜り泣きの声を聞きながら俺は堪らなくなった。今すぐにでも、この弱り果てた彼女の心の隙間に滑り込んでしまいたい。この身体を強く、強く抱きしめて、もう他に誰の事も考えられないように、辛い思いなど忘れさせてしまいたい。

―けれど、そんな事をしたら、きっと彼女をもっと深く傷付けてしまうかもしれない。それが、堪らなく怖かった。

密やかな声を上げて泣き続ける彼女の頭や背中を撫でながら、俺は暗くなりかけて電灯に照らされている藍色の星空を見上げた。結局、今の俺はどちらとも知れぬ立場を貫き通して、彼女を慰めるしか術を持たなかったのだ。


夢の如く過ぎ去る痛み



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