※Sun Like番外 ※IF設定 ※時期が遅いとかそういう突っ込みはナシの方向で… 段々と冬の鋭い寒さも和らぎ、桜の蕾も膨らみ始めた。時折吹く風は、完全に春を告げ始めている。穏やかな天候を兆す空を見上げて、わたしは一つ、溜め息を吐いた。 …今日で、最後だ。雷門の皆と、雷門の校舎と。3年間と言う長いようで短い中学生生活を、わたしは今日終えた…明日からはお爺ちゃんのいる、コトアールへ旅立つ。…随分昔から決めてた事なのに、やっぱりお別れは辛いし、哀しかった。 ふ、と教室から見下ろすグラウンドには人っ子一人いなくて、寂しげに聳えるゴールポストが今のわたしの気持ちそのもののようで、思わず苦笑する。…あそこの前に立つことも、もう無いのだ。 教室から外へ出て、真っ直ぐグラウンドに向かう。改めてゴールを目の前にしたら、あちらこちらに小さな傷が出来ていて、ああ、ここでサッカーしてたんだなあって思った。雷門のサッカー部は、昔のように弱小では無くなった。全国へ羽ばたけるほどの選手がたくさん入部してくれて、もう以前のように廃部間際となることはないだろう。 そうっとゴールポストに触れて、さらに白いそこに額を押し付ける。固い感触が、何故だか懐かしい。どこにでもある筈のものだけれど、特別で、暖かな気がしてならなかった。 「…円堂」 「…何?一郎太。…豪炎寺くんも鬼道くんも、そんな顔して、どうしたの?」 不意に聞こえた、優しい聞きなれた声。…もう、明日からは聞けなくなる声。そちらの方に視線を向けたら、何ともいえない表情で、立ち尽くした3人がこちらを見ていた。それに対して思わず苦笑が零れるのを感じつつ、身体をそちらに向ける。 「…どうしても、行くのか?」 豪炎寺くんの低い声が耳をざらりと撫でるように通っていく。心配そうなその声は、わたしを労わってくれている事を如実に表していた。他の2人も同じような表情で、わたしの答えを伺う。…相変わらず、皆優しいなあ。 「うん。…もうずっと前から、決めてた事だから」 「お前の身体的な能力の事なら、…」 「駄目だよ、鬼道くん。…もう、駄目だよ」 鬼道くんが言いかけた声を遮る。…もう、わたしには男の子に混じってサッカーを続ける事は困難に等しくなっている事は、皆もわかってるはずだから。わかってても、居場所を残してくれようとする優しさに、思わず泣きたくなる。 どんなに努力しても、どんなに頑張っても、わたしは女。気力と体力を限界に追い詰めても追いつかず、広がっていくばかりの身体能力の差を、わたしは嫌と言うほど感じ始めていた。そしてそれはこれからもっともっと広がっていってしまうだろう。 そうなれば…もう、皆のお荷物にしかならない、なれない。きっと、皆は優しいからわたしの体力分をカバーしようとして、無茶をするだろう。 …そこまでして、わたしが選手として残るのは、皆のためにもならないし、わたしの為にもならない。 「…皆と一緒にサッカーできて嬉しかった。皆がわたしのチームメイトで良かったよ。…今まで、わたしを支えてくれてありがとう」 だからこれからは、選手としてではなく…選手を導く側の立場に立つために、お爺ちゃんの所でその勉強をする。一旦、皆とはお別れしなくてはいけない。新しい自分の未来を見据えるためにも。これからもサッカーにずっと関わり続けていく、わたしのやり方を貫くためにも。 「…待ってるから」 「え…?」 「ずっと、待ってる。お前がまたここに…俺たちの所に帰ってきてくれる、そう信じて…待ってる」 優しい一郎太の声に、堪えていたはずの涙が盛り上がるのを感じる。涙腺が緩むのが、止められない。わたしはたまらずに顔を俯かせる。…最後の最後に、泣いている顔なんて見られたくなかった。笑顔でまたね、って言いたかった。 「…ほんと、に…待っててくれ、る…?」 「…絶対、絶対だ」 「また、一緒にサッカー出来る日を、楽しみにしている」 「お前がどれだけレベルアップしたのか…この目で確かめてやる、…だから、必ず帰って来い」 豪炎寺くんや鬼道くんからも、言葉と共に肩や頭に置かれた手の温もりを感じて、少しずつ涙が引っ込んでくる。完全に涙がひくのを確認してから…一郎太から少しだけ離れた。 「…もう、落ち着いたか?」 「…ん、もう大丈夫。…あのね、…また、絶対帰ってくるから…」 「またね…、また絶対、一緒にサッカーやろうね!」 これから進むべき道も、やるべき事も全然違うけれど。でも、またここに来れたら、帰って来たら、笑顔でまたサッカーできるって、信じてる。この先の光射す未来に向かって、歩んでいく今日この日よりに。 さよなら、またね |