以前宇宙人騒動があった折、雷門中を率いた監督、吉良瞳子。実力に雲泥の差程あったエイリア学園に対し、雷門中を勝利に導いた名監督、とも言えなくもない人物。…そして。

「久しぶりね、楓莉。」
「本当にね…何年ぶり?」
「大学卒業以降会っていないから…もう2年ぶりになるのかしら。」

合宿所にあるグラウンドの真ん中で唖然としているイナズマジャパンやネオジャパンのメンバーを他所に、何処と無く親しげに話す瞳子と楓莉の姿があった。
両チームが驚きを露にするのは無理もないことである。何せ今から代表の座をかけて試合をしようかというこの緊迫した状況下で、敵チームとも言える互いの監督が(正しくは楓莉は監督ではないが)親しそうに話しているのだから。

「…晃斎、知り合いか。」
「はい…大学時代の友人です。」

いつも無表情で淡々と話す楓莉の表情や声音が何だか喜色に富んでいる、ような気がする。…いずれにせよ、相当仲が良かったようだ。

「…貴女が率いたのなら、ネオジャパンは強敵になるでしょうね。」

くっと楓莉の唇の端があがる。あの、いつでも能面の様な顔を貫き通す彼女が初めて見せた笑顔に、イナズマジャパン側は唖然となった。…ただ一人、彼女の昔の顔を知る久遠以外は。

***

ネオジャパンは、確かに強かった。楓莉が予想した通り、彼女らしいかっちりした攻めや守りを行う、理論上攻守共に絶対的に優れるプレーをしている。そして、イナズマジャパンは押されている。…ように見える。

(流石ね、この短期間でここまで仕上げてくるなんて。…でもね瞳子…。)

ちらり、と流し見るのは相変わらず表情の窺い知れない久遠の横顔。思えばいつも、試合の時にこんな顔をしていた。今も昔も、変わらずに。

(この人相手ではそんなプレーは通用しない。…良いとこ、次の韓国戦への特訓相手でしょうね、悪いけれど。)

数少ない親友とも呼べる彼女の聡明さは確かに素晴らしいと素直に称賛できるものだ。…けれど、経験の差が出るのだろう、読みが甘い。
大方、円堂がリベロになるのを待っているのだろう。正GKの円堂が外れるのは攻撃型へと切り替わると同時に守備陣が手薄になる事を意味する。そこを狙い打ちするつもりだろうが…。

(私に見抜かれるようじゃダメよ瞳子。…貴女のチームは負けるしかないわ。)

楓莉とて久遠にサッカーを教え込まれた人間。友の考えを予測し、対策を立てることなど容易くやってのける事が出来る。彼女にさえ容易に出来るのだから、師である久遠は尚更それを分かって選手に指示を出しているのだろう。
…もちろん、それは瞳子が楓莉の様にひねた性格ではなく、比較的実直で分かりやすい性格であるからでもあるのだろうが。

何にせよ、瞳子には悪いがこの勝負、イナズマジャパンの勝ちか、と楓莉が瞳を伏せた瞬間、久遠が円堂にリベロになるようにとの指示が下る。…勝利はもう、目前に迫っていた。

***

「完敗です。お見事でした。」
「…いや、君もその若さで大したものだった。」

お互いのチームの監督同士が話すのを、楓莉は相変わらずの我関せずと言った雰囲気を纏い、冷めた目で眺めていた。
―が、瞳子の一言で普段は揺らぐことの無い瞳が揺らぎを見せる。

「流石…楓莉が認めた監督であるだけはありますね。」
「…。」

瞳子の言葉に動揺の色を僅かに浮かべた楓莉は思わず2人から視線をずらす。…そう、確かに彼女にとって監督に値する人は、今も昔も久遠ただ1人だけ。
―でも、今は…。

「…真に素晴らしいと言える監督であるなら、教え子からの信頼を揺らがせることなど、無いだろうな。」
「え…?」
「…。」

わいわいと隣で騒ぐ選手達の傍ら、監督陣は妙な静寂と緊張感に支配されていた。


揺れる狭間の雫


愕然とした瞳子を見つめて、楓莉はゆっくりと瞼を落とした。


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