「すみませんでした。」
「…何が?」

オーストラリアとの試合が終わり、無事勝ち抜けたという喜びにチーム全員が喜んでいる中、1人で人目を忍ぶようにやってきた鬼道の開口一番の言葉に、楓莉は冗談でなくそう返す。
突然謝られたものの、何に対しての謝罪かがわからなかったのだ。

「その…久遠監督の事とか、貴女に言ったこととか…失礼なことを…。」

しどろもどろとつっかえながらもごもごと歯切れ悪く話す鬼道にようやく楓莉は納得した。桜咲木中云々の話か。

「…響木さんが私の事言ったの?」
「はい。…元桜咲木中のサッカー部の副キャプテンで…司令塔だった、と。」

鬼道の言葉に楓莉はふ、と息を吐く。懐かしくもあり、忌まわしくもある自身の過去。楽しくて、幸せだったけれど、儚い夢の様に消えてしまった呆気ない選手としての自分の寿命。…あれから、思えばまともにボールを蹴ることすらままならなかった。
桜咲木中サッカー部は崩壊したのだ。一度は頂点まで上り詰めようかというほどの勢いだったにも関わらず、その勢いはあっという間に削がれ、まるで今までの事が夢幻だったかのように。

全てが疎ましく、恨めしく思い始めたのは、きっとあの頃から。

「…俺の師が影山であったように、貴女の師が久遠監督だったとも聞きました。」
「そうね…。私は久遠さんの指導の下でサッカーをしてきた。…短い間だったけれどね。そういう点で言えば、私と久遠さん、貴方と影山の関係は似ているのかもしれない。」

師と弟子。監督に司令塔。そういった関係においては、恐らく楓莉と久遠、鬼道と影山は似ている。…ただ、違うのは楓莉が久遠に寄せる感情が、尊敬の念だけではなかったということ。
男女間に生じるはずの感情は当たり前だが鬼道と影山の間には発生するはずがない。…しかし楓莉から久遠へ、その感情が発生してしまった。
これは、やはり大きな違いだろうと彼女は深く瞑目して溜め息を吐く。だから、鬼道が影山に抱く複雑な感情よりも、恐らく自分から久遠へ抱く感情の方がもっと複雑で、ややこしくて、永遠に迷いの道を彷徨うような感覚を与えてしまうのだ。

「大丈夫ですか?顔色が…。」
「…何でもないわ。少し寝不足なだけ…貴方はもう戻りなさい。明日も早くから特訓でしょう?」

僅かに心配そうな風を見せた鬼道を片手で制して言葉で出てゆくように告げる。これ以上、彼と一緒の空間にいれば余計に色々と考えてしまいそうだ。…勿論、いつかは向かい合わなければならない問題なのかもしれない。けれど、今は考えていたくもなかったから。

「…一つ、聞いてもいいですか?」
「…答えられる範囲なら。」

ドアノブを握ったまま、鬼道は楓莉に背を向けて問う。彼女もまた、その背中を見つめて答えた。

「今の俺は…貴女から見て司令塔に相応しい人間でしょうか?」

ふとした、既視感。…昔、かつての楓莉も久遠に問うたことと同じ。
あまりにあの時と酷似した状況下で、彼女は目を伏せて呟いた。

「…貴方次第、かな。」


堂々巡りの想いの欠片


あの時、私は彼にそう言われたことを思い出す。


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