不信感を露にしながら久遠や楓莉の指示に従って動く選手達を無表情に一瞥して、楓莉は視線を鬼道に定める。
彼が最も久遠の指示に不満そうな顔をしているのを認めると、不愉快そうに彼女の眉が僅かながら潜められた。…そんなに、監督が不動の一見ファウルプレーに見える行動を誉めたのが気に入らなかったのか。

事前から知っていたことだが、不動明王と雷門中の間にいさかいがあった。そのことが未だに忘れられないらしい。
誰一人として…そう、マネージャーでさえも進んで彼に関わろうとしないのが、その事を如実に表している。
彼に関わるとするなら、新しくマネージャーとして加わった久遠の娘…久遠冬花と、雷門中キャプテンの円堂守くらいのものだ。それも、最低限しか接触しようとしない。

楓莉から言わせてもらえば非常に下らないことこの上ない事柄に見える、小さな事だ。
客観的に見てみればそのいさかいも元はと言えば自己中心的な考えを持つ帝国学園の生徒の意思から起こったこと。
本来責められるべきは不動だけでなく、あの頃の不動の手を誘惑に負けて取ってしまった彼らの軽率な行動であるはずなのに、何故雷門中が不動自身を未だに認めずに仲間はずれにするのか、楓莉は理解できなかった。

(それも、あの鬼道が言うなんて尚更…。)

気に入らない、凄く気に入らない。

帝国学園の生徒、影山の教え子。彼女にとってはその2つを兼ね備える鬼道の存在はそれだけで嫌悪を覚えるものだ。

あの男のせいで、帝国のせいで…。

不意に腹の底から溢れる、子供にぶつけるには黒すぎる感情を押さえつける。
仕方がないこと、そう自分に言い聞かせながら楓莉は動き続ける選手達を見つめ続けた。微かに寄る眉間の皺は、隠し通せないままに。

***

「…呪われた監督…。」
「はい!私達、調べたんです!そしたらあの監督が前に監督をしていた桜咲木中は、あの監督のせいで潰れたって!…コーチ、知りませんか?」
「…。」

もう10年前の事を今更蒸し返されて、少しばかり苛立つ彼女に構わず、マネージャーの音無はそのまま力説を続ける。
元々お茶を淹れに来ただけなのに、何故こうも不愉快な思いをしなければならないのか。楓莉は無言のまま不満そうな顔の選手達を見渡して溜め息を吐いた。

―何も知らない青二才の癖に、何て失礼な。

そう言ってやりたいところをぐっとこらえ、楓莉は静かに口を開く。

「…昔の事よ。今貴方たちが気にすべき事ではないわ。」
「…俺は、貴女も怪しいと思っています。」

静かに久遠に対する疑念を切って捨てた楓莉に対し、ゴーグル越しの瞳に怒りと不信感を宿して鬼道が進み出た。

「貴女は監督の補佐官のようなものでしょう?監督と組んで俺達を潰そうとしているのでは?…桜咲木中の時のように。」

鬼道の発言に、楓莉の肩が震える。練習中に押さえつけていた筈の嫌悪や憎しみといった、彼女の中に根強く居座り続ける負の感情が鬼道の発言により、一気に燃え上がった。

バン!と楓莉が机を叩いた音がその場に響く。
鬼道を、その後ろに控える選手やマネージャー達を睨み据えるその黒い瞳は凍りつき、刃のような鋭さをちらつかせて彼らを怯えさせた。

「…よくもまあぬけぬけとそんなことが言えたものね、鬼道有人。帝国学園にいたころ散々多くの学校を潰して回っていたくせに。…誰に言われたって構わないけれど、影山におもねった貴方にだけは言われたくないわ!」
「な…!」

いつになく激しい調子で言い放つ彼女の剣幕に押されたように鬼道が一歩下がる。影山の名前に怯んでいるようだが、生憎と先程の発言に腹を立てていた楓莉はそれを見逃してやるほど優しくはなかった。

「…よくそんなお粗末な思考で司令塔を名乗れるわね。それとも…、影山も年をとって耄碌したのかしら?手塩にかけて育てた司令塔がこの程度なんて…ホントに笑わせてくれるわ。」

容赦の無い彼女の言葉に、鬼道が完全に飲まれて萎縮しきり、一歩下がる。悔しげに唇を噛んでいる様を認めて、不意に楓莉も声のトーンを落とした。

「…ま、久遠さんを信じようが信じまいが貴方方の勝手よ。好きにしたらどう?…ただし、今のままの貴方たちじゃ死んでも外国のチームには敵わないこと…肝に命じておくことね。」

淡々といつもの無表情で言いきると、すぐに楓莉は踵をかえして部屋を出ていった。


瞳に映る影の色


全ての元凶は彼でなく、あの男なのに。あの男の野望のせいなのに。


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