1つの世界から隔離されたような部屋の中で向かい合う、一組の男女。…言葉だけで言い表すならまるで恋人同士のような雰囲気を感じ取れそうなものの、実際部屋の中に漂う空気は何とも言い難い冷えきったものだった。
「…まさか、貴方がイナズマジャパンの監督に選任されたなんて思いませんでしたよ、久遠さん。」
薄い唇を皮肉げに歪めて、そこそこの大きさを持つ瞳を細め、楓莉は目の前に沈黙して座る久遠道也を見つめていた。
その黒々とした瞳は清々しい程の冷たさを孕んで久遠を眺めている。
しかしそれに対して久遠は表情も変えずに彼女を見返す。まるで、慣れているかのように落ち着きを払った声色で返した。
「それはお前にも言えることだな。…もう、大分経つか。」
懐かしげに目を細められ、楓莉も一瞬詰まる。そして、ゆっくりと息を吐き出して微かに頷いた。
「…貴方が再び監督に就任出来るようになったんです。私が大人になっていても何らおかしくはないでしょう?」
「そうだな…。」
2人の間に妙に沈黙がおちる。彼女の方も先ほどまでの久遠に対する敵意に似た感情が削がれ、微かながら昔を懐かしむ様に目を軽く伏せた。
―しかし、それも束の間。
直ぐ様に2人はまたも無表情に戻り、その場の空気を冷たくさせる。
久遠がとん、と軽く自身の前に設置されたデスクを叩くと楓莉もまた表情をするりと仮面のような顔に隠して立ったまますぐ近くの壁から背を話して組んだ腕をほどいた。
「…知っての通り、我々の指名はこのチームを世界一にする事だ。当面はアジア一を目指し、更に世界へと駒を進める。」
「そしていずれは世界一のチームへ…ですか。」
低く静かに響く声の後を楓莉が継げば久遠は頷いて言葉を続けた。
「選考試合を参考に、それぞれの選手のタイプを把握した。…それを元に明日の練習からひとまず弱点だけを叩いて修整、補強する。」
「分かりました。今日中に各選手のデータに目を通しておきます。…他には?」
まるで慣れきった、いつも交わす会話のようなやり取り。何の感慨もなく、または感情もなく。ただただ平淡な声が部屋を交差する。
「…以上だ、後は頼む。」
「了解しました。」
淡々と交わされた会話も終わり、楓莉は久遠に背を向けて扉に手をかけた。
そのままドアノブを捻ろうとして…後ろから聞こえてきた、いくぶんか沈んだ声にその動作を止めた。
「…もう、“監督”とは呼んでくれないのか。」
彼にしては珍しく、沈んだ、落ち込んだ声音。そんな声に、彼女はドアノブに触れていない方の手をきつく握る。
明らかに動揺した彼女はしかし、直ぐに我に返って冷たい声色で返した。
「…さあ、何の事でしょう?」
再会さえも哀しくて
閉じられた扉に隔てられたそれぞれの顔は、歪みを隠せないものだった。