恋心とは、何なのだろうか。深夜を回った頃、起きている選手がいないかどうかを確認するために宿舎の廊下を歩きながら考える。いつもは差し込んでいるはずの月明かりは無く、代わりに新月特有の儚いほの明りが廊下をうっすらと照らしていた。
自分が中学生の頃に抱いていた久遠への感情は、自分の中では確かに“恋”だと思っていたのだ。近くて、でも遠い。そんな存在であった彼への思慕や尊敬、憧れの気持ちが全て一つになった、その結果自分で下した判断が、それだったのだ。
…比べて、自分に向かう鬼道の感情は、一体何なのだろうか?鬼道は確かに“好き”だと言っていたけれど。…ただの好意なら、どうしてこんなにも自分は彼を拒絶したがるのだろうか?ただ、やんわり断れば良いだけ、それだけの話なのに。

(…でも、何故か懐かしい)

あの、熱を孕んだ視線。独特の雰囲気。アレは、どこかで感じた事のあるような感覚だった。…一体、どこで感じたものなのだろうか?
ぼんやりとしすぎていたらしい。呼び止められたのも気付かず、肩を軽く叩かれて漸く我に帰る。慌てて後ろを振り向くと、相変わらずの鉄扉面の久遠が楓莉を見下ろしていた。

「…ぼんやりしながら見回りか?無意味な行動だと思うが」
「…すみません、監督。少し、考え事をしていたものですから…」

鳶色の瞳は何処か楓莉を責めているようにも、慈しんでいるようにも見えた。昔から変わらぬその視線に晒されて、彼女はホッとしつつ素直に謝る。…あの日、自分の中で全てが決着が着いてから、彼の傍に居る事に非常に落ち着きを感じるようになった。…それは、やはり自分がまだ大人になりきれていない、そういう事なのだろうか。それはそれで情けない、と思うのだけれど。

「…大分動揺しているようだな」
「は…?」
「鬼道の事。…動揺しているのだろう?」
「…なぜ、その事を…」
「たまたまお前の部屋の前を通りかかってな」
「…お騒がせして申し訳ありません」

多少、からかうような目線を向けられ、思わずぐっと唇を噛んで頭を下げる。…部屋の前を通っただけで分ったという事は、自分が思っていた以上に声が出ていたという事か。少し気をつけねばなるまい。

「…私の事が好きなのだそうで」
「そうか」
「戯言ですよね、10も年が上の女を好きになるなんて」
「…」
「優しくした覚えも何も、無いのに。…むしろ、辛く当たってしまったことの方が多いのに…」

徐々に小さくなる声と、弱っていく言葉。戸惑ったように視線を揺らして、俯いた彼女の頭を、久遠は微かに苦笑しつつもゆっくりと撫でた。

「…それは、お前と同じだからだ」
「私、と…同じ…?」
「そうだ。…お前は中学生の時、私に恋慕を寄せた。…違うか?」
「…なぜ、…それを…?」

まるで気付かれていないとでも思い込んでいたような、そんな彼女の驚きぶりに久遠は笑う。…あれほどまでに熱っぽい視線を送っておいて、バレていないと思い込む辺り、やはり彼女もあの時は純粋な子供だったのだろう。

「…お前が言った事、そっくりそのままお前に返せるな。…10も年上の私を、どうして好きになった?厳しかったはずだぞ、私は。特にお前には、な」
「…それ、は…」
「お前が鬼道からの感情を受け止めきれないのは、恐らく怖いからだろうな。あの頃のお前と、鬼道は似ている。…境遇も、置かれている立場も」

懇々と諭すように告げてゆけば、楓莉はぐっと黙り込んだ。…結局、彼女と鬼道は似たもの同士なのだ。だからこそ鬼道は同じ匂いを感じて彼女に惹かれ、逆に彼女は鬼道から同類の匂いを感じて彼を恐れた。けれど、いくら恐れていても、彼女は似たもの同士である鬼道をはねつける事は出来ないのだろう。だからこそ、真正面からその言葉を言われる事を本能的に避けようとしているのだ。

「これからどうするのかは、お前次第だ。…が、お前も分っているだろうがこれから最後の試合だ。くれぐれも選手の事を気遣って行動するように」
「…は、い…。わかりました…」

力なく、そう言い返せば久遠は静かに彼女が来た方向へと歩いていってしまった。

(自分で、考えろって事、ですか…)

胸の中で苦くそう呟き、彼女もまた見回りの為に廊下を歩く。…これからどうするか、どうするべきか。その答えを探しながら。


彷徨う想いが交差する


彼女には分っている。だからこそ悩むのだ。…明確な拒絶は、その人の心を翳らせるという事を。


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