鬼道にとっては、初めて芽生えた感情とも言えた。すらり、とした体躯に流れるようなセミロングの黒髪。同様に瞬く理知の光を携えた瞳や、如何なるときも感情を抑えきったよく通る声。彼女の外見的な特徴や内面的な特徴を挙げればきりがない。…けれど、自分が一体何処に惹かれたかは、未だに分らないままだった。複雑な感情を抱えたまま、じっとゴーグル越しに彼女を見つめ続ける。

「…鬼道くん、早く戻りなさい。まだ叱られ足りないの?」

フゥ、と溜め息を吐いた彼女の唇から少しだけ棘を含んだ言葉が漏れるのをどこか違和感を感じつつも黙って聞き流す。…先程、鬼道は円堂達と共に楓莉に叱られていたのだ。
勝手にガルシルド邸に忍び込んだ事が彼女に知られてしまい、四人纏めて彼女からの説教を受けていたのだ。…最も、彼女の気持ちが治まる前にその説教は終わってしまったが。

「…ご心配をおかけしました、すみません。…もうあんなマネはしません」
「…そう。でもそういう事は久遠監督に言ったらどうかしら?」

ふん、と軽く鼻を鳴らしてふいっと視線を逸らして見せる楓莉の様子は、やはり何処と無くいつもと違って見えた。…いや、今までと、と言うのが正確かもしれない。

「…監督、と呼ぶようになったんですね。久遠監督の事は今までさん付けで呼んでいたのに」
「…元々彼は私の監督でもあるのよ。何も不自然な事ではないでしょう。…単純にわだかまりが無くなっただけよ。貴方が気にする事ではないわ」

相も変わらずそっけない口調。出会ってから変わらないその冷たい物言いに、何故だか心惹かれる。すっと彼女の座る椅子に近づけば僅かに揺れる肩のラインを見つめた。何処と無く香る清涼で清潔な香りは高潔な彼女によく似合っている。衝動的に、その香りに誘われるかのように手を伸ばした先は、楓莉の頬だった。一気に彼女を取り巻く空気が変わり、氷のような冷たさと戸惑いを孕んだ視線が鬼道に突き刺さる。

「…何?」
「…言ったはずですよ。俺は貴女の事が好きだと」
「…だから?」
「俺だって男です。…嫉妬しますよ、久遠監督に」

自嘲気味に嗤う鬼道を見つめる彼女の眉に皺が寄る。睨む瞳の強さは更に強まった。
同時にそれを受けてもなお、表情を崩さない鬼道に精神的な成長を僅かながらに感じる。…自分が成長していくと共に、今回行動を共にしたイナズマジャパンの面子もまた、成長しているのだろう。ぼんやりと思考の淵にそんな想いを馳せる。

「随分勝手な感情ね。私はまだ貴方に対して何の言葉も返していないのに」
「男なんて皆そんなものです。…だからこそ、余計に答えが知りたいんです」

更に強くなる視線に、段々と分が悪くなってゆくのは楓莉の方だった。物理的な距離こそあまり近づかないけれど、精神的に追い詰められてゆく、まるで捕食者に出会った獲物の様に。
その圧力に、思わず彼女は頬にあった手を振り払ってしまった。―ぱしり、という固い音が部屋に小さく共鳴する。

「…」
「…っ…もう、今日は休みなさい!…これ以上話す事は何も無いわ」

軽く怒鳴る様に大げさに恐れを露わにした楓莉の態度に手を払われた鬼道は溜め息を吐いて手を下ろした。マントを翻して彼女に背を向け、静かに部屋を出て行った。…小さな呟きを、部屋に落として。


暗雲垂れ込む空を見上げる


…次の試合の後、また来ます。
その呟きに震えた心のわけが、自分でもわからないまま、ぐるぐると巡る。


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