幾重にも折り重なる感情が黒いとぐろを巻く。暖かい気持ち、冷めた心。全てが絡まりあったその先に残されるものは、一体何の感覚なのだろうか?まともに思考が纏まらないまま、夜の静寂に身を任せたまま、楓莉は静かに窓の外を見上げる。自分たちをいつも照らして見下ろす月は冷たい光を孕んだまま。荒んでいた頃なら心地よく感じたはずのその光が、今は何故だか無性に怖かった。

明日は、イタリア戦。嫌でも顔を合わせる事になる、昔の自分たちを罠に嵌めた憎い男。先程まで楓莉の部屋にいて、己の恋慕を真っ直ぐに伝えてきた鬼道の師。
そこまで思いを巡らせて、彼女は一つ頭を振って思考を止めようとした。…自分は今、動揺している。それは判っているから。
そして…その瞬間、自室の扉をノックする音が聞こえた。こんな時間に訪れてくる人間など、本当に限られている。

「…どうぞ、久遠さん」
「失礼する。…まだ起きているのだな、いい加減に寝たほうが良いぞ」
「…わざわざそれだけを言いに来たのでは無いのでしょう?」

入室を許可する声とほぼ同時に部屋に入ってきた久遠の仏頂面は相変わらずで、何だか少しだけ彼女を落ち着かせる。ほんの少し前までなら、彼の顔を見る事も苦痛と感じていたはずなのに…つくづく最近、自分の感情がわからない。

「相変わらず聡いな…」

感心した様な彼の言葉を耳にしながらも、楓莉はその続きを促すかのように目を細めた。彼は何か大切な事を言いに来たのだろう。

「…あまり考えすぎるな。飲まれるぞ」
「…」
「昔は昔、そう割り切れるようになりなさい。そうすれば、お前はもっと成長できる。…お前はもう、過去のお前ではない…今度は、何があっても必ず私がいる」

そっと頬に伸ばされた手を、彼女は拒まなかった。為されるがまま頬を撫でられて、楓莉は一瞬、息を詰める。次いでその大きく無骨な手のひらの上に、自分の物を重ねた。伝わるぬくもりや微かな脈動が、彼女を大きな安心で包む。

「…必ず、ですか?必ず居てくれるんですね?」
「…約束しよう。今度は、必ずだ」
「…そうですか」

しかと見つめたその琥珀色の瞳には、しっかりとした意思が宿っていた。その光を感じて、楓莉は瞳を閉ざす。…今は、その一言で良い。その一言で、彼女は救われるのだから。

「…貴方とこのチームを率いる事になって、…良かったと今なら心から思えます」
「…そうか」

静かに溶け出る吐息は、先程とは違って落ち着きを取り戻していた。


小さな約束


誰かが傍にいるだけで、ここまで心が落ち着くなんて。昔は知らなかったから。


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