どうしてここまで、彼女が自分を追い詰めてまであの男…影山零冶を憎み続けるのか、漸く分かった気がした。だから、だろうか。不意に、自分の意思とは真逆に身体が動くのを頭のどこかで感じ取る。耳元でふっと彼女が息を呑む音が聞こえた、気がして。気付けば自分の腕の中に彼女を抱き寄せていた。無意識なのか、それとも久遠自信の意思の許なのか…彼よりも一回りも二回りも小さな彼女の背中を優しく擦る。

「…言いたい事はよく分かった。無理に忘れろとは言わない。…だが、そんな思いをさせたのは何も影山だけのせいでは無い」
「…」
「私が言わずとも晃斎、お前が一番良く感じているだろう…私のせいでもあるのだ。…私が不用意にあの学校を離れてしまったせいでもある」
「…違う、違います、それは…」

普段は大人びているはずの楓莉がまるで子供のように首を振って久遠の言葉を遮る。
しかしそれに構わず久遠は言葉を綴る。自分はただ逃げていただけで、彼女らに迷惑をかけて嫌な思いをさせてしまったのだと。

「…すまなかった、ずっと、苦しめていて。昔のように呼んでくれなくても、当然だな…いや、むしろ監督失格、と言うべきか」

自嘲気味に笑いながらなおも優しく背中を撫でるその無骨な手に、楓莉はまた頭を横に振ってそれを否定する。…違う、そんな事でこの人に対する壁を作っていたわけではないのだ。

「…違う、違います。私が、ずっとあなたに対して思っていたのは…何故、自分から汚名を被ってしまったか、分からなかったからです…!あなたは何もしてなかった、ただ、私達を頂点まで導いてくださっただけ…なのに、どうして突然…」

何も言わずに、ただの一言も無く居なくなってしまった久遠。自分達は誰のせいだったか分かっていたから、監督1人が悪く言われ、自分たちがおまけの悪産物のように言われるのが我慢できなかった。…そして楓莉は徐々に徐々に荒んでゆくチームメイトを上手にコントロール出来ず…司令塔としての自信を失い…そして、自ら罪を背負うだけ背負って勝手に居なくなってしまった久遠に対しての感情を揺らがせる事になる。
中学生なりにずっと抱いていた、暖かさを越した熱を持った感情は揺らぎ、やがて変質した愛憎となって根強く彼女の中に残り続けた。そして、その変質した愛憎の本質が、何となく今になって分かった気がする。

「あなたが、悪くも無い事を自分で悪いように追い込んでいくのをみるのが、…嫌だったから、です…」

搾り出した声に驚いたように、一旦楓莉の背中を撫でていた手を止める。その瞬間、久遠の背中に彼女の腕が回った。まるで頼りなさげな子供の様にさりげなく、けれどしっかり彼の服を掴む。

「…ごめんなさい、…ごめんなさい…!」
「…気にするな。私こそ、本当にすまなかった」

謝罪を繰り返す彼女の背中をすっと優しく撫ぜる久遠と、微かに震えながら彼にしがみ付く楓莉。今、十年来の暗い影が取り払われようとしていた。


変わりゆく心の果て


師弟関係の感情が、再び揺らいでいく。


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