―思いつめた彼女の表情は、何だか昔を思い出させてくれた。

キィ、と頼りなく閉まる扉。扉の方に目をやり、溜め息を吐いた久遠はちら、と煌々と光る満月に目をやる。楓莉から報告を受けた影山零冶の件は、既に自分と響木の間ではそれと無い情報を得ていた。あの男が、この島に来ているかもしれない、と言う、その情報を。あえて彼女には話さなかったのだが…あの3人が話してしまったのだろう。

少々迂闊だった、と久遠は溜め息を吐く。こんな事になるのなら、初めからそれとなく話しておけば良かった。先程見た彼女の表情は、何処と無く青ざめていた様な気がする。いつも冷静沈着で、怯える事のない強い精神を持った彼女があそこまで顕著に恐怖の感情を表に出すとは。

未だに、彼女を支配し続けるあの頃の記憶。勝ち上がっていた桜咲木中。自分の容赦の無い指導にも食いついてきた骨ある幾多もの選手達。勝つたびに嬉しそうに、また次の勝利を掴むために厳しい特訓を繰り広げていた。彼女もその多くの仲間をよくまとめ、またその仲間達と無邪気にサッカーをしていた筈だった。
けれど、突如として降りかかってきた影山の陰謀。自分も桜咲木中の生徒も、嵌められたまま、退場を余儀なくされたあの屈辱。

窓硝子を通って差し込む月光を見上げながら、溜め息を吐く。
…自分はまだ良い。自分が罪を被ったようにして、逃げただけで良かったのだ。それで、救った気持ちになっていただけなのかもしてない。
本当に苦しかったのは、今から思えば恐らくあの時取り残された選手達だったのだろう。今までは勝ち上がってきた期待の星として見られていたのに、突如として監督が去った、それこそ呪われた監督を輩出した呪われた学校として見られて。
多くの中傷や非難、いわれの無い侮辱を受けてしまったに違いない。

久々に再会した一番の教え子だった彼女が自分に対して冷たい素振りを見せるのは、致し方ないことなのだ。自分が、招いてしまった事なのだから。彼女を傷付けて、そのまま逃げてしまっていた、自分が。

自分の事を許してくれなくても構わない。彼女が自分を深く想っていた事を知りながら、ここまで傷付けてしまったのだから。だからこそ、今度はちゃんと彼女を守ってやりたい。もうこれ以上、傷付かせ無いように。

「…そうしたら、もう一度笑ってくれるか?…晃斎」


月光が照らす決意は


もう一度、そう願う事は罪なのかもしれない。それでも、諦められない自分もいる、という事を。


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