その時、楓莉の機嫌はすこぶる悪かった。それも当然だろう、資料整理をしていたら突如として鬼道、佐久間、不動の三人組が睨み合いながら自室に入ってきて(押し入ったの方が近いかもしれない)、楓莉がこの世で一番嫌いな男の名前を口にしたのだから。

「…もう一度、最初から落ち着いて言ってくれない?誰が誰を見たの?」

大きな溜め息と、柳眉の間に深い皺を刻みながらそう三人に問えば、鬼道と佐久間が一歩彼女が座る机の方へ踏み出してきて口々に話し出した。

「必殺技の練習、調整を2人で行っていた時の帰りに、影山らしき人を見たんです!」
「その影山らしき人間と一緒に不動が…不動が一緒に居たのを確かに見たんです!」

中学生という大人と子供の境にもなった男が揃いも揃ってぴーちくぱーちくと何て女々しい…と、彼女は頭の中では考えつつも、それを溜め息一つで受け流す。…只でさえ、自分が今世紀最大といって過言では無いほど嫌っている相手の名前を聞いたのだ、…今、口を開けば確実に子供には聞かせたくない内面が溢れかえってしまうだろう。

「…だそうだけど?不動くん」
「はっ…どうだかねえ。ま、俺もこいつらと同じく見たぜ、影山さんをよ」

対して不動の方は肩を竦めてニヒルに笑うだけ。…しかしよくよく見てみれば不動の瞳の中も憎悪や嫌悪、怒り…そう言った感情が渦巻いているのに楓莉は直ぐに気付いた。…なるほど、自分を上手く利用した影山に対しては憎らしく思っているようだ。

「…で…どうして貴方たちは私にそれを言いに来たのかしらね。久遠さんや響木さんに報告した方が良いんじゃないのかしら?」

手元にある資料をまとめながらもそう問う。―そう、何故そんな事を自分に報告しに来たのか、彼女には理解できなかった。彼らは楓莉が影山という男を心底嫌い、蔑み、憎んでいる事をよくよく知っている筈だ。それなのに、何故。

要らぬ気遣いか、はたまた面白半分にからかい混じりで教えたか、それとも三人の喧嘩の仲裁をやらせる気か―恐らく鬼道と佐久間は前者の要らぬ気遣い、不動は後者のからかい混じりだろう。

「それは…」
「あのさあ、楓莉サン。今の話聞いてどう思った?」
「どう、とは?意味が分からないわね」

あくまでも冷めた様子で、彼らの方などもう見向きもせずに手元に目をやりながらそう答える楓莉に、不動は何処と無く見下すような声音で逆に彼女に問いかけた。

「鬼道クンや佐久間クンはあくまで俺を影山のスパイだと思いたいんだとよ。で、それをわざわざ影山を死ぬほど嫌ってるアンタに言いに来たって訳だ。…ま、大方アンタに俺を叱りつけるか、監視させる腹積もりだったんじゃねえの?何せアンタ、影山嫌いだしなァ」
「不動、貴様っ…!」
「言葉が過ぎるぞ!」

ふん、と鼻を鳴らして勝ち誇った様に言い放つ不動と、いきり立つ鬼道と佐久間。
その光景を呆れた様子で眺める楓莉は、そのやり取りを暫く眺め、溜め息をもう一つ吐くと、両手を挙げてそれを制した。

「…分かったわ、その件については私のほうで調べておきます。…だから今は自分のやるべきことに専念しなさい」
「楓莉さん…」
「それから、もう出て行って頂戴。…喧嘩なら私の目の届かない所でやってくれない?邪魔だわ」

淡々とそれだけをはっきりと言ってのけると、後は再び彼らの方から目をずらす。そしてそれから一切彼らの方を見ることは無かった。暫くはじっと彼女の方を見つめていた彼らは退室の挨拶を告げて出て行った。


炎上する宿命の上で


沈黙を貫く彼女の顔には、憤りと共に深い哀しみの表情が共存していた。


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