西陽が段々と弱まり、寂れた鉄塔広場を薄暗くしていく。変わりに空には群青色が溢れ、月や星が顔を出して輝き始めている。
そんな殺風景な光景の中、わたしは一人、タイヤが吊るされた木の下で蹲ってぐす、と鼻を啜っていた。

一朗太と、喧嘩した。…ううん、わたしが一方的に一朗太に対して怒っただけなのかもしれないけど。
原因は…わたしのヤキモチ、嫉妬と言うべきか。

同じクラスの女の子に声を掛けられた一朗太がずっとその子と喋っているのを見て、…あまつさえ、その子が一朗太に抱き付いているのを見て、不意にもやもやとした気持ちになった。

―ああやって、一朗太にぎゅって出来るのはわたしだけだったのに。

幼い子供が仲が良い友達を取られた時のような、不満とか寂しさとか…ともかく、わたし達の年代であればとうの昔に無くなっているべき感情が、わたしの中からむくむくと膨れ上がってきた。
そして、それをわたしの中だけに止めておけば良かったのに、わたしはあろうことかその感情を一朗太にぶつけてしまったのだ。
わたしの様子がおかしいことに気付いて心配してくれたのに、その腕を払って…「嫌い!」とまで叫んでしまった。

…これはいくら温厚な一朗太でも怒ったに違いない。直接何もしていない、しかも心配した相手にこんな事言われたら…もしかしたら、嫌われたかも、しれない。

そんな事を考えていたら、終いには涙が零れてきた。ぼろぼろと止めどなく流れてくる涙が頬を伝って、熱を奪っていく。
いつの間にか沈んでいた夕日と共に気温が下がってしまったのだろう、気付いたら息が白くなる程寒くなっていた。
寒さと心細さ。2つの要因が、わたしの涙腺を更に緩めてしまって、ついに嗚咽が唇から漏れ出した、その時。

「ここに居たのか…!探したんだぞ円堂!」
「い…ちろ、た…。」

今一番聞きたくて、一番聞きたくない声がすぐそこから聞こえてきて、思わず顔をあげる。
息を切らした彼の様子から見て、多分走り回っていたんだろう。

「…泣いて、るのか?」

一朗太が恐る恐るわたしに近寄って、頬に手を当てる。指先から温もりが伝わってきて、自分がすっかり冷えきってしまったことを思い知らされた。
体の底から込み上げてくる衝動に逆らわず、わたしは目の前にしゃがみこんだ一朗太に力一杯抱き付いた。不意をつかれた一朗太は驚いているようだったが、それに構わずに唇から言葉が漏れ出る。

「ごめ、ん…なさい…きらいに、ならないで…。」

しゃくりをあげながらそう言って、暖かく脈打つ体にすがり付く。都合が良すぎることは、理解している。でも、嫌われたくなかった。

「…お前なあ…。」

不意に一朗太がふっと苦笑したかと思ったら、背中にわたしのものより逞しい腕が背中に回り、そっと抱き寄せられる。
優しい温もりがわたしの体を包み込んでくれるようで、とても心地好かった。

「嫌いになるわけないだろ、あれくらいで。…大体、嫌いになってるなら迎えになんか来ない。…そうだろ?」
「う…いちろうた…。」
「ほら、もう泣き止め。」
「うぅ…ひ、ぅ…。」
「何で泣くかな…。」

呆れたように溜め息を吐いた一朗太は、未だにぐずつくだけで立とうとしないわたしの体をいとも簡単に背負う。
広い背中が目の前に来たかと思ったら、体が浮いた感覚がして思わず落ちまいと背中にしがみついた。

「もう遅いから、送るよ。泣いてもいいから、しっかりつかまってろよ。」
「ゆるして、くれる…の…?」

ゆらゆらと動き出した背中に向かってそう呟けば、彼は笑った。

「泣き止んだら、嫌いって言った理由は話してもらうけどな。」
「…うん…!」

温もりに包まれたまま、わたしは泣き疲れてそのまま微睡む。
…目が覚めて、落ち着いたら、きちんと一朗太に謝ろう。そんな事をぼんやりと考えながら。


温もりにて融解


kouyaさんへ捧げます。

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