※夢主=音村の姉でキャラバンの一員。

沖縄の夏は凄く暑い。そして沖縄じゃなくても受験生はもっと暑い。
…なのに、その暑い夏を更に自分から暑くしようとする物好きな男がいる。

「ヒャッホー!」
「…元気ねぇ。」
「おう!良い天気だからな!サーフィンし放題だぜー!」
「…あっそ。」

この茹だるような暑さの中、平気で海に行ってサーフィンしている男、綱海条介。中学校三年生、ついでに言うなら受験生。
受験なんてもんは夏休みが正念場と言われるようなものなのに。本当に暢気だなぁ。その神経の図太さが羨ましい。

一つ溜め息を吐きつつビーチパラソルの下で単語帳を広げる。本来なら今からわたしは受験に向けて自分の部屋で勉強する予定だったのだが、綱海のせいであっさりその予定が打ち崩された。
唯一の頼りだったうちの弟、楽也までももう諦めきった表情で「ごめん、姉さん。」と言って逃げてしまうし。…もう、頼りないんだから。

「何だよー、こんなとこまで来てベンキョーかよ。泳ごうぜー、サーフィンしようぜー!」
「綱海…あんたね、今自分がどんな立場か分かってるの?受験生よ、受験生。」

彼の成績から言ったら必死こいて勉強してないといけない時期だ。本当にこの人、一体何処の高校に行くのやら。スポーツ推薦だって考えられるけど、でもやっぱりそれなりの学力はいるだろうし。

「サーフィンもいいけどちゃんと勉強しないと駄目よ。学校から出た課題はやったの?」
「うっ…。」
「…やってないのね。」

分かりやすく青くなる彼にもう一つ溜め息。…青くなるくらいならやっておきなさいよ。

「…まあ、その場のノリで何とか…!」
「なりません。そんなもんで何とかなるなら全国には受験戦争なんて存在しません。」
「紗玖夜〜…。」
「…そんな円堂くんみたいな目をしても駄目だからね!」

思わず円堂くんみたいな子犬っぽいうるうるした目にだまされかけた。…いけないいけない。彼は円堂くんみたく可愛くない…筈。
そもそも、わたしが必死こいて勉強してるのだって円堂くん達キャラバンの東京組が「高校は東京に!」ってお願いしてきたからでもあって。
彼らとするサッカーが楽しかったから、やっぱり少しだけでも長くやりたくて難しい都会の高校を受験しようとしてるのだ。
確か、綱海も散々誘われてそれを了承していたはずなのに…。

「円堂くん達、わたし達が東京の高校に行くの、待ってると思うよ。」
「あー…。うーん…。」

わたしに言われて漸くそれに気付いたのか、綱海も深刻な顔をして唸りだす。綱海だって円堂くん達とサッカーやりたい筈だ。よし、もう一押し。

「分かんない所はわたしが教えてあげるから。」
「マジか!?」

途端、キラキラしたオーラを纏ってこちらを勢い良く見てくる綱海に思わずうっと詰まる。…わたし、やっぱりこういうオーラに弱いのかな。
今日何回目になるか分からない溜め息を吐いて、了承の意を示すように頷いてやれば、彼の顔がパアァっと輝いた。

「よっしゃ、今から帰って勉強するぞ、紗玖夜!」
「え…ああ、うん。そうだね…。」

突然スイッチが入ったかのようにサーフボード片手に綱海はわたしの家のある方向へ走り出した。…ああ、ちょっと今墓穴掘ったかも、自分。
多分分かんないとこだらけなんだろうなぁ、とちょっと脱力しつつ、犬みたいに元気に走っていってしまう綱海に唇の端で微笑んだ。

…さあ、ちょっと気合いれて教えてあげようかな。

let's study!

明様に捧げます。

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