かつかつ、と冷たい足音が響く長い廊下を無我夢中で走る。かつて訪れた帝国学園の中、フィールドへの道を必死で走っていた。きっと、そこに鬼道くんがいるだろうから。

全国大会の一回戦も無事勝ち抜く事が出来たわたし達はイナビカリ修練場での特訓を続けていた。二回戦が決まるのは明日、それまでに基礎訓練をしておこう、という考えの下、これからも事を話しつつも皆がトレーニングしているのを眺めていたら、突如として扉が開いて血相を変えた春奈ちゃんが飛び込んできたのだ。
何事か、と問いただしてみれば…何と、あの王者帝国が10-0で完敗させられたのだという知らせだった。しかも途中退場する事態になるほど、相手が強かったらしい。
唯一の救いとも言えるのは、鬼道くんは全く怪我をしていなかったと言う事。どうやら彼はわたし達との試合での怪我が完治していなかったため、試合の時はベンチにいたらしい。…そして、怪我を押して出ようとした頃には既に、仲間の誰もが倒されていたのだと、聞いた。

あの帝国が負けるなんて、有り得ない。そんな思いで雷門を飛び出したわたしは真っ先に帝国学園へと向かった。春奈ちゃんが言った事が、嘘だと信じたくて。全国の舞台の決勝戦で会おうと約束した鬼道くん達が、負けただなんて信じられなくて。

「…鬼道くん!」
「…ああ、…円堂か…」

漸く見えてきたスタジアムから射す光を頼りにそこまで行くと、鬼道くんが私服姿で1人、フィールドの真ん中に立ちつくしていた。走ってきて息の切れているわたしを、何時もとは違った…眉尻を下げた情けない顔で見つめて、何もかもが抜け落ちたかのような声で、一言。

「笑いにでも来たか?」
「…ッそんなわけ、無いでしょう!」

その一言があまりにも彼らしくなくて、酷くわたしを動揺させる。彼はもっと強い人だった筈だ。こんな顔をする人じゃない。思わず持ってきていたサッカーボールを彼に向かって強く蹴る。…彼ならば、こんな球くらいなんてことなく蹴り返してくるだろう、そんなボールを。
…しかし、彼は蹴り返してこなかった。それどころか、避けもせずにまともにわたしの蹴ったボールに当たって、尻餅をついている。唖然とするわたしを余所に、彼はゆっくりと言葉無く立ち上がり、傍に転がったボールを拾ってわたしに緩やかに投げ返してきた。…弱気で、儚い笑顔を顔に貼り付けたままで。

「…どうして、蹴り返さないの?鬼道くんにはこの位、なんて事ないでしょう?…ねえ、どうして…」
「円堂…俺たちのサッカーは終わったんだよ。いや、…俺のサッカーは、かもな」

力なく笑う鬼道くんの顔があまりにも哀しくて、言葉を失う。予想以上に弱ってしまっている鬼道くん。…彼は戦意までも失ってしまったのだろうか。

「ただひたすら、勝つ事だけを求めて来たんだ、俺は…なのに、俺は帝国の40年間無敗の伝説を終わらせてしまった」

切なげな声で、眉を下げてそう言う彼の言葉に耐えられなくて、目の前に落ちていたボールを拾おうとした瞬間、彼は呟くように声を絞り出した。

「…ボールに触れる前に…試合が終わってしまっていたんだ」

その声に、言葉にハッとして春奈ちゃんが言っていた事を思い出す。…そうだ、彼が怪我を押して出ようとした時にはもう、帝国の人は誰も立っていなかったのだ。

「俺のサッカーは、終わった…」
「…そんな事、無い!鬼道くんがサッカーを見捨てない限り、サッカーは鬼道くんのものだよ!」

言葉と一緒に、今度は勢い良くボールを投げる。言葉だけで伝わらないなら、ボールに思いを込めて。そうしたら、伝わるかもしれないから。
…鬼道くんは、今度はちゃんと蹴り返してくれた。強く、強く。あの時と同じように、意思を込めて。
そして、キャッチしたわたしの顔を見て、苦笑した。仕方が無い奴だ、とそれだけを呟いて。



 


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