終焉に開いた幕、魔法の溶けたシンデレラ


商店街でセナの走りを見かけた次の日。悠里が朝練に顔を出すと案の定セナは赤いユニフォームを着ていた。ヘルメットには色付きのアイシールド。

「主務なのに……」

もともと主務としてアメフト部に入部を決めていたというセナは顔を真っ青にしながらヒル魔を見つめていた。
そして早速朝練。
早朝の2時から朝練をしているという栗田に合流して練習を再開した。

「僕はあと40ヤード走だけしてあがるよ」
「40ヤード走か」

そういったヒル魔はどこからともなくストップウォッチを取り出し悠里に向かって投げた。

「測定してやらぁ」
「コーンマーカー設置しますね」
「おー」

ヤードの測れる巻尺を使ってきっちり40ヤードを測りとりコーンマーカーを設置する。スタートラインには栗田が、ゴールラインにはストップウォッチを持った悠里と、セナとヒル魔が立っていた。

「40ヤード走って何秒くらいなものなんですか?」

ヤードの馴染みがないセナは素朴な疑問をヒル魔にぶつけた。

「大体のやつは5秒台。5秒の壁が凡人とスプリンターの境界線だ。4秒8とか出しゃ、高校ならどこいったってエースだ」
「へぇ」
「今の所高校最速は王城の進清十郎の4秒4ってなってる」

ヒル魔に補足するように悠里が口を開けば、ピンと来ていないのかセナが口を開く。

「それって、早いの?」
「盗塁王だったメジャーリーガーのイチローが同じく4秒4っていったらなんとなく理解しやすい?」
「う、うん!」

すっごくわかりやすいと目をキラキラさせるセナに悠里は苦笑した。

スタートラインについた栗田が合図を出す。悠里の横でヒル魔がスタート合図の準備を進めていた。
ヒル魔の肩に担がれるバズーカに嫌な予感しか感じない悠里は空いている片手だけでもと耳を塞いだ。

「よーい……」

弾は込められていなかったようだが炸裂する空砲に頭を殴られたような錯覚に陥る。
ため息をつきながらも左手ではちゃんとタイム測定が行われている。

「栗田さん、6秒5です」
「前より遅くなってんじゃねえか!」
「つ、疲れてるんだよぉ」

あの栗田さんの巨漢ならこのタイムも致し方ない。むしろ重心が座っている証拠とも言えるし、ラインマンとしては逸材だと悠里は二人のやりとりを見ながらひとりごちた。
その後ヒル魔のタイム測定も行われタイムは5秒1と高校生男子としては悪くないタイムを叩き出し、そして引きずられるようにしてセナもまたスタートラインに立っていた。

「あの足なら5秒の壁切れるだろ」
「えぇ」

あの日、商店街での走りを目の当たりにしたヒル魔と悠里は確信めいたように放った。

「本当にセナくんがそんなに……?」

気弱なセナしか知らない栗田は心配そうにセナを見つめた。

「でもそんな爆速を持ってるなら中学でも有名になってるんじゃ……?」
「あー、確かに」
「何はともあれ走ってみればわかるのでは」
「それもそうだ」

そんなセナの記録は5秒ジャスト。栗田はお喜びだが、ヒル魔はどうにも納得できない様子で手持ちの端末でセナの情報を洗い出していた。

「小早川セナ。中学の時は、反復横跳びだけ学年一位か」
「そんな情報どこから!?」

ヒル魔の情報網に体を震えさせるセナ。
ヒル魔はなるほどな、と言わんばかりに続ける。

「パシリで鍛えた爆速か。だが、徒競走なんかだと気が緩んで記録が出てねえってわけだ。つまり、緩めさせなきゃいいわけだ」

おもむろに取り出した骨型のお菓子をセナの背中に仕込む。どうやら、犬用のおやつのようだ。

「ケルベロス!!」

そうヒル魔が叫んだ瞬間、現れたのは一匹の犬。
そんなに大きくない犬。大体中型犬だろうと悠里は見た。なんとも言えないフォルムから見て雑種だろう。
悪魔の番犬とも言われるケルベロスの名を与えられた犬はヒル魔の声に応じて馳せ参じたわけだ。
ケルベロスはセナの背中に仕込まれた餌を見つけると、地面を蹴り上げた。
セナは思わず逃げる。全速力で。
悠里はそれを測定し、表示されたタイムに目を見開くと、ストップウォッチをヒル魔に手渡した。
ヒル魔はガッツポーズをし雄叫びをあげる。

「見やがれ!奴の本領を!」

ヒル魔に促され、栗田もストップウォッチに視線を落とす。
そこに表示されているタイムは、4秒2。
人間の限界と言われているタイムであった。

「高校記録どころじゃねえ。プロのトップスピード、黄金の足だ……ッ!」
「すごいよセナくん!この才能を埋もれさせちゃいけないよ!!」
「春の大会はもらったな」
「あ、そういえば春の大会いつからだっけ?」
「明日」

ヒル魔の返答に驚きの声を上げるふたり。
むしろなぜ知らなかったんだと、悠里は肩を落とした。








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