悪魔からの毒林檎で溺れるなら本望と嗤う
「追いついた」
走り始めて数十分後。
先を走っていた後衛組に追いついた悠里は大きな息を吐いた。
「ケケケ、随分と早えじゃねえか」
視線は前に投げたまま、ヒル魔は愉快そうに笑った。
銃声も止まらず、足もとめることはない。
「初日ですから、誰も彼も、ペースなんてあってないようなものですからね。時間がないのも確かですが、見知らぬ土地と慣れない気候ですから、休息はこまめにとることを進言します」
「糞チビのペースはどうだ?」
「まだ石蹴り自体に慣れてないといったところでしょうか。もう少しペースがあがるのが理想ですが、まあ今日一日は様子見でもいいかと」
悠里はそっと後ろを振り返った。
ぼんやりと確認ができる位置で、セナは石を蹴りながら走っていた。
「ラインは?」
「……期待はしないほうがいいかと」
「糞デブの心配はしてねぇが……」
ヒル魔の言いたいことが悠里にはなんとなくわかった。
この行軍、日程的に考えて本当にギリギリなのだ。特に壁組は、ひとりでも欠けると厳しいと言わざるを得ない。
「孤独な闘いですから、どうしても」
アメフト自体はチームスポーツかもしれない。それでもアメフトは孤独なスポーツだ。この死の行軍を含め、トレーニングもまた孤独だ。トレーニングの場合、相手対自分ではなく、戦う相手は自分自身になる。
「そういう意味では、後衛組の心配はあまりしてないんですよ、私」
「あ?」
言葉の真意を掴み兼ねたのか、ここに来て初めてヒル魔は悠里の顔を見遣った。
悠里のもつ碧色の瞳は、まっすぐ、果てのない前を見つめていた。
気が付けば夕暮れ。夜も間近で、あたりは夕闇に包まれ始めていた。
頭上ではいくつか星も輝きだしている。
「チッ」
走り始めて6時間は経過しただろうか。トレーニング自体はまだまだ続くが、飲み物と軽食だけでの運動にもまた限界がある。必要最低限のものは悠里が背負っているが、それ以外のものはすべてはるか後方の、トラックに積まれているのだ。
つまるところ、合流しなければ、後衛組の夕飯はない。
休憩もかねて路肩で足を止めている一同。
ヒル魔は持っていたジュラルミンケースに腰かけ、携帯電話を取り出した。相手はトラックで支援を行っている姉崎であった。
「GPSの情報を念のため姉崎さんへメールしておきました。まあ、一本道なので問題ないとは思いますが」
「あぁ」
空模様とは裏腹に、ヒル魔と悠里の顔は険しかった。
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