悪魔からの毒林檎で溺れるなら本望と嗤う


アメリカ滞在およそ2泊3日。
日本への帰国便に乗るべく空港へとやってきた面々は飛行機を目の前に、滑走路に集められていた。
ヒル魔が手持ちのマシンガンでアスファルトにガリガリと線引きをする。真夏の滑走路、蜃気楼が見えるほどには熱せられているアスファルトとマシンガンは互いに擦れては火花を散らせた。
引かれた線の向こう側に線を引いた張本人であるヒル魔、そして栗田と悠里とトレーナーである溝六が、その他のメンバーは反対外に向かい合うように立っていた。
姉崎だけは帰国の準備を進めるべく飛行機に乗り込んでいる。

「俺と糞デブ、そして糞碧眼は夏休み中アメリカに残って特訓する!一緒に残る奴はその線跨いでこっちにこい」

マシンガンを肩に担いだヒル魔は声を張り上げた。

「デス・マーチ。過去にやり遂げたものは一人もいねえ。ぶっ壊れた奴からその場に捨ていく。命の保証もねぇ。だから、強制はしねぇ」

己自身も経験したであろう過去を思い出しながら紡がれる、溝六の言葉は重い。
あのヒル魔でさえも、無理矢理に参加させようとしていないのだ。デス・マーチの厳しさは否が応でも滲み出る。

「だが、史上最強が揃った今年の秋大会……勝つにはこれしかねぇんだ」

クリスマスボウルに行けるのは秋大会の勝者。
秋大会は夏休みが終われば直ぐ。九月には開催される。
もう、猶予はない。

「このまま飛行機に乗ればあったけえベッドとママの待つ家に帰れる」

飛行機のチケットはある。搭乗手続きもほぼ終えている。

「死んでも強くなりてぇ奴だけ、天国行きのチケット破って、一緒に地獄へついてこい……!」

くしゃり。
悠里の手のひらの中ではすでにチケットは握り潰されている。

「誰の意思でもねえ。自分で決めろ。このまま平和に帰国するか、地獄でデビルバット号と心中するか。その線跨いだら、デス・マーチに後戻りはねえぞ。地獄を40日間生き抜くか、死ぬかだ」
「む、無理しなくていいんだよ……!今あの飛行機に乗れば日本で楽しい夏休みが待ってるんだから……!!」

優しい栗田は彼らの背後にある飛行機を指差しながら言う。
それは天使の囁きか、悪魔の囁きか。
誰しもが思考の沼へと嵌りかけたその時。誰よりも早くその沼を抜け出し、線を跨いだのは。

「雷門太郎!背番号80!ポジションはレシーバーっす!」

彼はアメリカンフットボウラーではなかった。
プロ野球選手に憧れ、その青春時代を野球に費やしてきた男。
しかし野球の女神が彼に微笑むことはなかった。
だが、彼はきっとこの中で誰よりもスポーツの過酷さとその先で手に入るものの大きさを知っていた。

「今一番好きなスポーツは、アメリカンフットボールです!」

今彼は、アメリカンフットボウラーになった。

「雪光学!16番!ポジションは、まだありません!」

スポーツ選手ですらなかった彼もまた。

「十文字一輝、51番。ポジションはライン」
「黒木浩二ィ、52番。以下同文」
「戸叶庄三、53番。同じくライン」
「こ……小結大吉!」

ひとり、またひとりと、地獄へと足を踏み入れていく。
そして、またひとり。
一人の小市民が、英雄(ヒーロー)として決意を固め、その線を跨いだ。

「小早川セナ、21番!ポジションはランニングバックです!!」

ドンドドンッ!
その銃声が、行軍開始のファンファーレ。

「アメリカで心中するデス・マーチ参加者は、泥門デビルバッツ全員!」







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