終焉に開いた幕、魔法の溶けたシンデレラ




ひとり、悠里は感傷に浸っていると、セナの周りがやたら騒がしそうに見える。
運動部の助っ人だらけのチームだからだろう。セナの走りを見て勧誘合戦となっているようだった。
そんな中だった。

「あ、石丸君!セナ、いる?」

悠里は声の主を視界に捉えた。
どこかで見たような気がすると、頭を回転させる。少なくとも知り合いではない、と悠里は女を見つめた。

「主務でミスったとかで、ヒル魔が……裏で殺されてる」
「!!」

繰り広げられる会話を聞くに、セナの知り合いのようだった。
ヒル魔も知り合いなのか、よく知った仲なのか、その女を視界に入れるとあからさまに舌打ちを打った。

「チッ、めんどくせーのがきやがった。ホレ、急いで裏に戻れ!バレたらぶち殺すぞ!」

ヒル魔にけしかけられたセナは持ち前のスピードですぐさま校舎裏へと姿を消した。
悠里はそのやりとりを横目で見つつも、我関せずとベンチの片付けを進めた。
使ったカップは使えるものと使えないもので分けてまとめる。使用済みのタオルもまとめつつ、泥門高校近くのクリーニング店を思い出していた。残念ながら泥門アメフト部に洗濯機はない。
スコア表は取り出しやすいファイルに入れられ、帰った後にコピーし、ヒル魔へと手渡す手はずとなっている。

「ヒル魔!くん!」

大声が聞こえ、流石の悠里も手を止めて声の主を見つめた。
端正な顔が怒りで少し歪んでいる。

「今まで1年間、泥門高校での貴方の蛮行、言っても聞いてくれないから風紀員会でも諦めてた。でも、今日だけは……今日だけは私が許さない!」

そのセリフで悠里は彼女が何者なのかをようやく思い出した。

泥門高校2年、風紀委員の姉崎まもり。
容姿端麗才色兼備で風紀委員としても真面目な優等生。
生徒から特に男子生徒から絶大な人気を誇り、ファンクラブが存在するという噂もあるほど。
勿論、先生からの信頼も厚い。
セナとは幼馴染に関係であり、セナの受験勉強の面倒を見たのも姉崎である。
もともと面倒みの良い性格であることにも拍車がかかり、ひ弱なセナに対しては特に過保護なのだ。

「ほう?許さないとどうなる??」
「許さないと…………」

決まり文句のように口に出したのだろう。具体的に何をするところまでは考えてしなかったらしく、顔を顰めたまま口を噤む。

「部活停止処分の申請でもするか?」

煽るようにしてヒル魔が口を開く。
その言葉に悠里もあからさまに顔をしかめる。
しかしそう言いながらもヒル魔が取り出そうとしていたのはお決まりの”脅迫手帳”であった。
ヒル魔の口車に乗って部活停止処分をしようものなら、それを使って脅す算段なのだろう。
が、顔を顰めた姉崎が口に出した言葉はそんなものではなかった。

「そんなことはしない……今大会中でしょ……失格になっちゃうじゃない」

情けか、お人好しか、その言葉に嘘偽りないものだと察したヒル魔は手をかけていた脅迫手帳をそっと戻した。

「と、とにかく!セナをいじめるのだけはやめて!もうセナに関わらないで!」

悠里は冷静に且つ冷酷に姉崎のことを眺めていた。
悠里自身、姉崎のことをよく知らないが、あまりにもセナに対して過保護であると考えていた。
姉のような立ち位置なのかもしれないが、度を超えたそれは寧ろセナの首を真綿で絞めているのと同じなのである。

「私がもっといいクラブ探してあげる。ほら、行こうセナ!」
「あ、」

昔からそうだったのだろう。頼りになる”姉”に手を引かれる。
姉崎の考えは痛いほどわかった。だが悠里が知りたいのは姉崎の考えではなく、セナの考えなのだ。

「セナ」
「!」

空気を切り裂くように響いた声に、誰しもが動きを止めた。

「セナは、それでいいの?人に勝手に決められて、それでいいの?私は、セナの考えを聞きたい。口に出さなきゃ、わからない」

セナの手を引いていた姉崎は一瞬あっけにとられ、そして口を開いた。

「貴女こそ、何も知らないのに勝手なこと言わないで」

キッと睨みつけられた悠里は臆することなく姉崎の瞳を射抜いた。

「セナは、強い。だから私は、セナが決めたことなら、どんな道だろうと止めない」

例え、それが、アメフト部を去るという決断だろうが。悠里はそう仄めかした。

「うん……ごめん、まもり姉ちゃん。続けたいんだ、アメフト部!」
「せ、セナ……!で、でもここにいたら何されるか……」

セナがそんなことを言うとは思ってもみなかったのかあわてる姉崎の発言を聞いたヒル魔が何かを思いついたような表情をする。

「いやーセナくんに仕事押し付けすぎた。そりゃミスもするね!主務とマネージャー仕事両方やってっからなー!マネージャーさえいりゃあセナくんの負担も減ってうまくいくんだがなぁ?」

あからさまなソレに姉崎は反応を示した。

「マネージャー?女子でもいいの?誰でも入れるの?」

姉崎の疑問に栗田がぶんぶんと首を縦にふる。

「じゃあ私が入る!これで安心だよ、セナ!」

かくして泥門デビルバッツこの日、初勝利を収め、また、新たな仲間を迎え入れることとなった。





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