悪魔からの毒林檎で溺れるなら本望と嗤う



「こいつを恋ヶ浜とすると、賊学、泥門、太陽と続く」

馬小屋にいる馬にチームにたとえ、出口に近づけば近づくほど強いのだと溝六は語って見せた。

「王城や西部は柵越えだな。NASAも柵越え。1点差は運が良すぎた」

馬小屋から離れた位置に見える馬は王城や西部、そしてシーソーゲームを演じて見せたNASAを挙げる。

「し、神龍寺ナーガは……?」

震声で溝六に聞く栗田。溝六は栗田から目を話すと遠くを見つめて口を開いた。

「アメリカ大陸……西海岸だな」

果てしなく続く地平線を眺めながら、溝六はそう呟いた。

「テメーらがいま、高校2年。高校3年の秋がラストチャンスとしてあと1年とちょっと……。それまでにどうやって育てるか……」

溝六の思案を遮るようにして口を開いたのはヒル魔だった。

「ーー泥門の部活は、3年の夏までだ」
「なんだと!!??!?」

あまりに驚いた溝六は口に含んでいた酒を吹き出した。
それを拭った溝六は睨みつけるようにしてヒル魔を見上げる。

「そんな期間じゃーー」
「デス・マーチをやる」
「!」

ヒル魔の口からその単語が出た瞬間、その場の空気が固まり、冷え切った。
暑い暑い夏のはずなのに、冷たい空気がその場を支配していた。

「バカ言ってんじゃねえ……!デス・マーチなんてバカやって、選手生命絶たれた馬鹿野郎が今!テメェの目の前にいるんだぞ……!!」

そういって溝六は自身の股引を引き上げた。晒された膝には、大きく痛々しい古傷。

「じゃあデス・マーチ以外に残り一ヶ月ちょいでクリスマスボウル行く方法があるっていうのか!?あぁ!?」

ヒル魔の剣幕にも凄まずに睨み返す溝六は地を這うような低い声で呟いた。

「死ぬぞ」
「死なねえよ!クリスマスボウル行くまではな!」

ヒル魔の言葉と目をみて溝六は諦めたように息を吐くと踵を返した。

「じゃあさっさと体を休めておくんだな」

それだけ言い残すと部屋の奥へと姿を消した。

事の顛末をそばで見つめていた悠里もそっと立ち上がり、外へと足を向けた。
空を邪魔するものは何もない。一面に広がる星空を悠里は見上げた。

デス・マーチ。
死の行軍と訳されるそれを悠里も聞いたことはあったが詳しくは知らなかった。
知るのはただ、地獄のように辛くきつい練習であることと、未だかつて誰も成し遂げたことのないものであるということだけ。
名門千石大学のエースであった溝六でさえ選手生命を絶たれるほどに厳しい練習を、成長期まっただ中である男子高校生が行うのはあまりにもリスクが大きいのではないか。悠里は考えていた。
しかしヒル魔が言うように、弱小の泥門がこの先勝ち上がるにはそれほどの無茶が必要なのだ。

「私に、できることは……」

ブレーンとして司令塔としてQBとして一流の彼は、アメフト選手としては凡人であった。
そんな彼が今から向かうのは地獄。
悠里もまた、自分にできること模索していた。

「眠れねえのか」
「ヒル、魔さん」

振り向けばそこに立つのはヒル魔だった。

「休まなくていいんですか?明日からもう、デス・マーチでしょう?」
「テメーは来るのか?」
「……行きますよ」
「地獄だぞ」
「どこまでもご一緒しますよ。そのくらいしかできないですから」
「ケケケ、いい度胸だ」

にゅっと伸びてきた手のひらは、的確に悠里の頭を捉え、少々乱暴にその頭を撫ぜた。

「ついてこい。それだけでいい」

そう言い残してヒル魔はその場を去っていった。
ただそれだけ。
ただそれだけだったが、悠里の心はまるで真上に広がる星空のように晴れやかだった。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -