終焉に開いた幕、魔法の溶けたシンデレラ


私立泥門高校。東京都内郊外は雨太市泥門にある私立高校である。
制服はブレザー。爽やかなグリーン色が目印。
偏差値はさほど高くない。
野球部が強豪として有名である程度の、どこにでもありそうな普通の高校。

ただひとつ、とある噂を除いてだが。

「アメフト部に入りやがれ」

ジャコンと金属特有の重々しい音が女の目の前で奏でられる。
男の手にあるのは小銃。所謂、アサルトライフルと呼ばれるものだった。
ニヒルな笑みを浮かべた金髪の男こそ、泥門高校を普通の高校に”させない”男だった。
名前を、ヒル魔妖一。悪魔、傍若無人、彼を比喩する言葉を挙げるならこうだ。そういう男だった。

「私はアメフトをしない、そう、決めたんです」

目の前のアサルトライフル、ベレッタAR70に臆することなくヒル魔を睨み付けるのは碧路悠里。
今年この泥門高校に入学を果たした新入生であった。
成績は今年の新入生でトップを誇っており、なにより彼女はアメフトの申し子だった。
鉄仮面のように変わらぬ表情から読み取れるのは怒り。それでもヒル魔は確信を持ったように悠里の心を乱しにかかった。

「アメフトが嫌い、か?」
「……ない」
「あ?」
「嫌いなわけない!」

彼女の祖母は日本人で、祖父は日系のアメリカ人だった。
祖父はアメリカンフットボールの世界で英雄だった。
何もスーパースターだったわけじゃない。確かに、出来たプレーヤーであったが、何よりひとりの投資家として英雄になった。
誰よりもアメフトを愛した彼は、誰にでも愛された。
そんな祖父を持った彼女、碧路悠里がアメフトボールに初めて触れたのが2歳の時。5ヤードのパスに成功したのが3歳の時である。
アメリカで生まれ、アメリカで育った彼女が日本にやってきたのは、そんな祖父が亡くなったからだった。
小学生まで続けていたアメフトだったが、中学になってぱたりとやめていた。
アメフトが嫌いになったから?
つまらなくなったから?
怪我か?病気か?

「何をそんなに怯える」

悠里は表情で感情を語ることはなかったが、何よりも澄み切った碧眼が雄弁に感情を語っていた。
口八丁手八丁、ヒル魔の煽り文句に対しての怒りと呆れ。それを遥かに上回る、怯え。

「誰よりもアメフトが好きだった男からアメフトを教わったお前が、アメフトを嫌いになるわけがねぇ。そのお前が、アメフトを遠ざけ、怯える。何を恐れてやがる」
「ッ」

悠里は口籠る。言わないのではなく、言えないのだ。
下を向き、唇を噛む。伸ばされた艶やかな黒髪が、表情も瞳も隠した。
その様子にヒル魔は掲げていたアサルトライフルと持ち直し、その銃口で悠里の顎を持ち上げた。

「ッ」

金属の冷たさと突然の動きに、悠里の顔にも驚きの色が浮かぶ。
やっと人間らしい表情が見れたと満足するヒル魔は、アサルトライフルもそのままに悠里の碧眼を自らの視線で射抜いた。

「別にテメーが抱えてることになんざ興味はねえ。ただ、テメーほどの才能があって、アメフトが好きなやつが、そのアメフトから目を逸らしてるのはいただけねえ」
「それこそ、関係な、」
「アメフト部に入りやがれ。それだけだ」

まるで最初から用意されていた答えはひとつだけだったようだ。
YESかはい。
諦めたように目を伏せた悠里はそっと口を開いた。

「何をご所望なんですか。選手?それともトレーナー?」
「とりあえず、俺の傍にいろ」
「……は?」

予想外どころか、予想の遥か斜め上の回答に悠里の口は開いたまま、目も見開いたままでヒル魔を見据える。

「今の所、テメーを選手として起用するつもりはねえよ。だから、俺の傍にいて必要だと思ったことをやれ。マネージングだとうがスカウティングだろうが、なんでもだ」
「なるほど」

ヒル魔が何を考えているのかはわからないが、彼が莫迦でないことは悠里も理解していた。
だからこそ、悠里も強気に出られた。

「私に利点は?」
「等価交換だ。テメーの望むことを、そうだな、三つまで叶えてやる」
「思ったより寛大ですね。そんなものねぇ、と、一蹴されると思っていました」
「ケケケ、これから馬車馬の如く使ってやるつもりだからなァ?」

ヒル魔特有の喉から出る笑い声。笑う度に震え、上下する彼の喉。

「三つ、考えておきます。そんな約束なかった、とかはなしですからね」
「わーってるよ。ソレが通じる相手じゃねえことくらい理解してる」

この短時間で互いは互いをそれなりに理解しあっていた。
アメフトにおける同じポジションに属するものだからか、それ故に同じ思考回路なのか、互いの印象は”似ている”といったものになっていた。

桜の花びらは散り終えた、4月初頭の出来事である。






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