愛を形造るものたちよ、永遠なれ


※痴漢ネタ




碧路悠里は泥門高校へは徒歩通学であった。
しかしこの日、たまたま別のところにいた悠里は電車通学を余儀なくされ、朝の通学ラッシュの電車を体験することとなる。
とはいえ、住宅街に近い泥門高校最寄駅の泥門駅であるため、都心近くを走る通勤通学ラッシュの電車よりは比較的楽であるだろうというのが悠里の見解であった。
事実、佐端線の朝のラッシュは人の肩と肩が触れ合う程度で、押しつぶされそうというほどではなかった。
それでも、ラッシュには変わりなかったのだが。
同じグリーンの制服を着た生徒もちらほらと見える中、悠里は扉近くに凭れ掛かりながら立っていた。時刻は朝6時を過ぎたところ。学生よりはサラリーマンの方が多い。だいたいは朝練に向かっている面々である。悠里もその一人だった。

スマートフォンのイヤホンジャックに繋がれたカナル型のイヤホンは右耳にだけ刺さり、左耳からは外界の情報が受け取れる状態となっていた。
イヤホンからはニュースが流れていた。天気予報に株価、最近起こった事件や事故など様々な情報が行き交う。

「っ……?」

泥門駅まで残り一駅。あと5分もかからないところに差し掛かったときであった。
太ももに感じる違和感に悠里は思わず表情を顰めた。
満員とはまで行かずとも混み合った車内だ、少々触れるのはしょうがないだろうと一旦は受け流すも、感じる違和感は大きくなるばかり。
すると確信的に、今まで触れていたであろう手の甲が、手の平に変わったのを悠里は感じた。

「(痴漢、ってやつか)」

知識としては痴漢というものがどういうものなのか理解していたが、たまたま乗り合わせた電車でまさか自分が痴漢に合うとは夢にも思っていなかった悠里は冷静にしかしどこか現実逃避するように溜息を吐き出した。

思った以上に気持ちが悪い。
思った以上に、怖い。

冷静でいたと思っていたが、それ以上に自分自身が怖いと感じていることに気づいた頃には、エスカレートした手の平が素肌と下着の境目をなぞり始めていた。
冷静でいたのではなく、動けずにいたのだ。
こんな手くらい振り払えるはずなのだ。簡単に。

『次は泥門ーー泥門ーー出口は左側です。お忘れ物にご注意ください』

悠里には、もうニュースもアナウンスも耳に入っていなかった。ただただ不快な感覚に眉をひそめ、目の前の扉が開くのを待っていた。
電車が止まり、目の前の扉が開くと同時に悠里は飛び出し、一気に階段を駆け上がると商店街を一目散に駆け抜け、気づけば部室へとたどり着いていた。

「あ?」

勢いよく開いた扉。その先にいる肩で息をする悠里の姿を見たヒル魔は眉を引き上げて不思議そうに悠里の姿を眺めた。
悠里が肩で息をする姿をヒル魔は見たことがなかったからだ。

「ーーおい、どうした」

明らかに様子のおかしい悠里にヒル魔は自分自身でも信じられないほどの優しい声をかけた。

「な、んでもない、です」

その言葉とは裏腹に震える肩、震える唇、何かに耐えるように握り締められた手の平を視界に捉えたヒル魔は舌打ちを打つと立ち上がり、悠里を誘うように座らせた。

「何があった」

座らせた悠里を見下さないように、椅子のそばにしゃがみ込んだヒル魔は、うつむく悠里の顔を覗き込むように下から見上げた。
それでもだんまりな悠里に埒があかないと、ヒル魔は思案を始めた。
別に遅刻しそうだったわけでもない。
顔は真っ青で震えてはいるが、体調が悪いわけではなさそうである。
頭痛でも腹痛でも熱があるわけでもなさそうなのだ。
そしてヒル魔は悠里が昨日何をしていたかを思い出した。

「今日の朝、泥門まで電車で来たな?」

ぴくりと震える肩に、ヒル魔は自分の予想が当たったことに気がつく。
先ほどよりも大きな舌打ちをうつと、ヒル魔はそっと悠里へ右手を差し出した。

「怖ェか?」

まるで、重ねろと言わんばかりに差し出されたヒル魔の手の平に、悠里はおずおすと右手を重ねた。
その右手を包み込みように、ヒル魔は左手を重ねる。

「何時発の電車だ?」
「……6時14分、泥門着の佐端線……です」
「何両目に乗ってたか覚えてるか」
「……3両目、でした」
「わかった」

その情報だけを頭に叩き込むと、ヒル魔は重ねていた左手を持ち上げ、悠里の頬へと伸ばした。
ヒル魔の長い指が頬を越えて耳に触れると、くすぐったいのか少し身を捩る悠里にヒル魔は笑みをこぼした。
するすると頬をなぞるヒル魔の手指に、こわばっていた悠里の表情も体もほぐれていった。

「俺は、怖くねえな?」
「ーーはい」

返事と共に、悠里は右手にほんの少し力を込めた。

「よし、じゃあ糞碧眼。早速仕事だ。朝練してる糞デブんとこにドリンク持って行きやがれ!」
「はい」

立ち上がった悠里は言われた通りにドリンクを手に部室を後にした。
その姿を見送ったヒル魔はパソコンを開き、データを集め始める。
画面に映し出されているのは今朝6時14分に泥門着だった例の佐端線の映像である。
決定的な証拠映像を抑えたヒル魔は携帯電話に番号を打ち込むとそれを耳に当てた。

「テメェ今日の朝、佐端線に乗ってたよなぁ?それで痴漢を働いた。証拠?映像がバッチリ残っているなぁ?これを警察に届け出ればどうなるか……言わなくてもわかってるよな?」



愛する女神が流した血の涙を拭うのは悪魔の仕事。
そして報復するのもまた、悪魔の大事な大事な仕事。









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