暦では既に水無月。
朝から空を灰色の重たい雲が覆い尽くし、しとしとと雨を降らせていた。
「んぁぁぁあ……っ」
六畳ほどの部屋の真ん中に敷かれた布団の上で、寝巻き姿の清光が大きく伸びをした。
時刻は朝五ツを過ぎた頃。
元いた本丸ではこんなにも安心して睡眠をとったことなどなかった。ひどく安心できるのだ。
だからこそ、寝過ごしてしまう。
「ーー清光、起きていますか」
障子戸越しに聞こえる言葉はこの本丸の主、そして今の加州清光の主、碧月千里のものだった。
「千里さん……! また俺寝坊して……!!」
「寝坊というほどではありませんよ。もうすぐ朝餉が出来ますから、顔を洗って広間にいらっしゃい」
「はーい……」
用件を済ませたであろう千里は踵を返して、先ほどまでいたのであろう厨の方向へと戻っていった。
足音が消えてすぐ、清光は重い溜息をついた。
古い付き合いで、主従関係というよりももっと、仲間や戦友といった関係に近い間柄とはいえ、それでも彼女は主に違いないのだ。その主よりも遅い起床な上に、一人で朝餉の支度までさせてしまった事実に落ち込まざるを得ない。
まあ、もうすでに一度や二度の話ではないのだが。
人の身を手に入れられたことは、清光にとっては喜ばしいことだった。
敵を斬ることしかできないとはいったものの、人の身になってしたいこと、できること、沢山あるのだ。
可愛がられることに執着していた彼は御洒落を楽しむ。
爪紅を塗り、洋装を着込む。
とはいえ不便なことも多いことに清光は気づく。
まず、寝起きの体は怠く、重たいということだ。
とりあえず顔を洗おうと、寝巻きのまま起き上がり障子戸を開け放った。
鼻腔をつく雨の匂い。
「今日も雨かぁ」
人の身だからこそそこまで気にせずとも良いが、雨の日は刀が錆びやすい。だからなのか、清光はどこか雨の日が嫌いだった。
12
前頁 次頁