話を戻そう。
碧月千里についてである。
江戸時代を生きた歴史上の人物が今もなお存命しているという事実。これには深いわけがあった。
この世には鬼という生き物が存在するのである。
それこそ先ほどの変若水も、西洋の鬼、吸血鬼の体液が原材料であるとされているほどである。
そして日本にも独自の鬼が昔から暮らしていた。人間がその居住区を広げるに連れ、鬼の集落も散り散りにそして小さくなっていたのだが。
そんな鬼の中でも力を持っていた一族がある。西では風間家。東では雪村家。そして北に碧月家。
そう。碧月千里は鬼なのである。
鬼である碧月千里は戊辰戦争において生存。その最中箱館で散っていった土方の傍に最後までいたのも彼……いや、彼女である。
歴史上碧月千里という人物は男として伝えられている。
それは彼女自身が幼少期を男として育ち、そのあとも男であることを望んだからである。
しかし新選組幹部は碧月千里が女と知ってもなお、新選組一員として大切にしていたという。中でも土方歳三という男は。
結果、戊辰戦争で北上の途中で二人は恋仲になる。
そして彼女は土方の散った箱館の地でひっそりと暮らすことを決断したのである。
もう、時の政府に力は貸さぬと。もう、歴史上の出来事に身を浸すことはないのだと。いつかやってくる遥か遠くの死を、ただただ一人で待つために。
それを破られるのが、この現代、2205年であった。
そんな物語の始まりなのである。
物が語るから、物語。始まり、始まり。
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