御旗 | ナノ



「端的に言って仕舞えば、羅刹とは変若水とよばれた薬を服用した人間が、人間ではなく鬼もどきに成り果てることだ。変若水と呼ばれていた代物は、実は西洋の鬼、吸血鬼の体液で、それを服用したせいでその吸血鬼のようになってしまっていた、というのが事の顛末でね」

 今ではもう、この事実を知るものは少ない。

「変若水を服用したものは、身体能力があがり、文字通り鬼のような力を手に入れる。心臓を狙うか首を跳ねるかしなければ死なない体になる」
「そりゃあ、末恐ろしいな」
「ただし、陽の光に弱くなり、昼間の行動が辛くなる。そして、吸血衝動が起こる」
「吸血鬼、ってやつかい」
「血に狂ってしまうと、敵味方の判別がつかない、それこそ理性のない化け物まで堕ちる。その力を使っていると、髪の色は白くなり、目は血の色になる」
「……それが横行していたということか!? こりゃ、驚いたな……」

 刀である自分が言えたことではないが、まるで、御伽草子のような出来事に鶴丸は顔をしかめた。

「ん、まさか、」

 そしてとあることに気がつき、顔を青ざめさせた。

「この俺でさえ知らなかったんだ、その変若水や羅刹の存在は、歴史から消した、そういうことだな……?」
「ご名答。まあ、鬼という存在が歴史にいないのと同じではあるけれど。あれらは、歴史の表舞台に立っていけないものだから」
「今考えると、すごいことしてたよね、あれ」
「歴史から消されたことだから、あまり軽々しく口にしていいものでもないんだけれどね、これ」

 重々しい雰囲気で、真面目で冷静、鶴丸にとって碧月千里とはそういう人物だった。冗談が通じないわけではないから、やりにくいというわけでもない。
 しかし今の鶴丸に千里は、全く違うように見えていた。

「随分と、軽いんだな」
「これを知って、君たちが何かをするとも思えないから。人間どもなら、何か策を講じるか、するかもしれないけれど」
「君は、よくわからないな」

 鶴丸は困ったように眉を下げて笑った。

「新選組に身を置いていたということは、人間を嫌っていないと思ったのだが、今の口ぶりだとそうでもないらしい」
「千差万別、それだけですよ」
「はは、こりゃまいったな」

 鶴丸もまた、多くの人と関わってきた。最前線にいることはほとんどなかったが、それでも歴史の動くその瞬間、その近くにいることも少なくなかった。
 憎らしくも愛おしい。
 鶴丸が抱いていた、人間への想いであった。

「じゃあそうだな、ついでに一つ聞いてもいいか」
「なんなりと」

 千里は澄み切った空を眺めていた。

「君が今回、時の政府に力を貸した理由は?」
「私にとって刀とは、道具です。道具であるからこそ、私にとって刀は、生き様であり魂です」

 武士ではなかった。それでも、武士であった。誰より。
 それが、新選組に身を置いていた碧月千里の嘘偽りのない姿だった。

「刀剣男士が人に、時の政府に力を貸すと決めたならそれでもいいでしょう。しかしその力を借りている人が、刀を愚弄していい理由にはならない。それが、許せなかっただけですよ」







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