御旗 | ナノ



「新選組の剣客であり、初めて会った時も只者ではないと思っていたが、強いんだな」

 鶴丸の手の中にある湯呑みは既に空で、鶴丸は手持ち無沙汰気味に口を開いた。
 実践刀として活躍していた二振りの相手は御免だと言った矢先に、その二人を軽く往なした千里の姿を思い出して肩を竦めた。

「そりゃあの沖田くんとだって互角でやりあえるんだからね」
「まぁね」

 沖田総司の愛刀であるが故、その沖田総司と長くともにあった千里の実力を二振りはきちんと理解していた。

「サシでやりあったら、総司には勝てませんよ」

 千里は自虐的に笑った。
 確かに一対一で試合をした際の千里と総司の戦績は、すべてにおいて総司に軍配が上がっている。

「二刀流というのは多勢のほうがうまく立ち回れるんですよ。持論ですがね」

 一刀流が使えないわけではなかった。事実、天然理心流は目録までもっている。

「それでも、あの人の窮地をいつだって助けてくれてたのは、千里さんだったよ」

 風のない日だった。蝉の鳴き声が暑さを増幅させる。
 あの日も、夏だった。暑い暑い夏の夜だった。
 加州清光にとって一番忘れられない夏の夜。

「剣は俺なんだから、なんであんたが無茶をするんだっていつもいつも思ってた。結果、俺もあの人も無茶をしたあの日。俺はダメだったけど、あの人が助かったのは間違いなく、千里さんのおかげ」

 世に有名な事件。池田屋事件。
 加州清光はその事件の最中に帽子を損傷し、修復不可能となった。
 大きくはない旅館とはいえ、池田屋に突入した新選組隊員は総勢七名にも及ばなかった。
 沖田総司はその身一つで二階を制圧していた。
 ただひとり、金糸のような髪の毛と真紅の瞳を持つ男にだけは勝てなかった。
 冴え渡っていたはずの剣技がまるで赤子の手を捻るように通じない。既に、手にしていた加州清光が使い物にならなかったことを差し引いても、沖田総司の敗北がもう目の前だった。
 その沖田総司の前に躍り出たのが、碧月千里だった。
 帽子の折れた加州清光を杖代わりに体を支え、吐血する沖田総司を背に庇いながら、千里は男と対峙した。
 男に戦う意思はなく、千里自身もこれ以上の戦いは無意味と、男を逃した。
 弱々しく息を吐き出しながら、時折激しく咳き込む沖田総司を支える千里。
 帽子の折れた加州清光を泣きそうな目で見ていたのも、千里だった。

 あの日を境に沖田総司が表舞台に立つことは少なくなったと多くのものは言う。
 しかし、一歩違えば、あの日以降、沖田総司の名が歴史から消えていたことだってあり得たのだ。

 布団の上で死ぬよりは、喜んだのかもしれないが。



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