「さぁ、今日はもう遅いからここまでにしましょう」
千里はパンっと手を叩けばそれが合図と清光を筆頭に鶴丸も立ち上がり部屋をあとにした。
「何か聞きたいことあるんでしょ」
「よくわかりましたね、安定」
そのまま部屋に残った安定は笑って千里を見遣った。
「鶴丸に聞いたんですよ、どうして安定が鶴丸の手助けをしたんだ、と。鶴丸の事は詳しくないが安定の事は知っているから。曲がりなりにも実戦刀である安定が、一月もあの暗い部屋に閉じこもろうと思った理由は? 主に折れたのだと思わせてまで」
そう、事前に情報として手渡されていたあの本丸の刀一覧に大和守安定の文字はなかった。
ちょうど一月前に、自身のレベルに合っていなかった墨俣への行軍途中に折れたとの報告が上がっていた。
「下手をうてば、日の目を浴びることが、二度と戦うことができなかったかもしれないのに」
誰よりも剣でありたかった。
それが沖田総司という男だった。
だからこそ、その彼が愛刀の一つに数えていた彼が、どうしてその選択をしたのか、千里にはわからなかったのだ。
誰よりも生きたいと思っていたと、鶴丸は言っていた。
死を、折れることを恐れたわけではないだろう。
では、何故?
「あの時確かに、僕は重傷だった。もう一歩で、折れる。そんな状態だった」
武士の台頭。その時代の始まりである幕府成立の後に起きた戦いが承久の乱であった。
戦闘の規模やその危険度も桁違いであり、練度の高い刀剣男士でなければ危険の伴う場所が墨俣。
「折れること自体は怖くなかった。戦いの最中に倒れる事の方が、名誉だろうからね」
沖田総司の愛刀だったからこそ、強くそう思うのだろう。
新選組の剣であり、在り続けたかった沖田総司は、戦場ではなく、布団の上でその短い一生を終えたのだから。
「でも、許せなかったんだ」
安定の声が震えた。しかしそれは濡れながらも意志の籠った強い声だった。
「沖田総司の愛刀が、あんな主のもと、あんな無様な折れ方をするなんて、許せなかったんだよ」
弱さを見せながらも強い眼差しだった。
まるで、甲州へ赴く際、千里を見送った沖田総司の眼差しだった。
「理由を話してくれてありがとう、安定」
清光を見たとき、確かに千里は沖田総司を見た。それは第一印象であり、細々とした仕草であったりした。
安定を見たとき、それが新選組に所縁のある刀で、強い未練を残した刀であることは察した。それが大和守安定であり、大石鍬次郎が使っていたものでも、新選組ではなかったが関係者であった伊庭八郎の使っていたものでもなく、沖田総司が愛用していたものだと確信したのは、彼の瞳に見つめられた時であった。
沖田総司の意思や想いを、この刀は多く受け取っていた。
「僕さ、貴女のこと主とは思わなくていいかな」
「私はそれでも構わない。理由は、聞いても?」
「貴女の背を守っていた刀でありたい。沖田総司の刀として」
「嬉しいよ、とても」
「それじゃあ、改めてよろしく。おやすみ」
「おやすみ、安定」
ニコリと笑った安定は自室へと戻っていった。
「愛嬌も、総司譲りかなあ」
その独り言を誰も聞くことはなかった。
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