「私はその、新選組零番組組長を務めておりました碧月千里と申します」
流石の鶴丸も思いもしない展開に目を白黒させていた。
安定はやっぱりねとどこか笑っているし、清光は言っちゃったと呆れ顔。
「じゃあ、なんだ、その、君は新選組で、鬼だと」
「えぇ」
「かれこれ400年近く生きていると」
「えぇ」
鶴丸はひとまず要点を洗い出そうと必死で頭を巡らせていた。
「……碧月千里ってのは君の、真名、か?」
これから主従関係となる上で最も気にしなければいけない点に、鶴丸は触れた。
安定は千里がどう反応するのかを注意深く観察していた。
清光もその反応次第では目の前の鶴丸と一戦交える覚悟でいた。
「まごうことなく」
しかし千里の反応はただただ鶴丸の言葉に冷静に答えを返したのみだった。
「それは君がすでに毘沙門天が眷属の夜叉であるから、俺たちに話したという認識でいいか」
「ほう、夜叉が毘沙門天の眷属であるとご存知か」
「そりゃ……ってそうじゃなくてだな……!」
「それが半分、もう半分は、そうですね」
「?」
「呪でも、名前で呼ばれるのは、嬉しいものですから」
そう言って笑った千里に安定はそっと膝で近づいた。
「安定?」
「ひとりだった」
ぽつり、こぼれた言葉だった。
「置いていったんだ」
その言葉は重く、千里へ絡みついた。
「千里も、置いて行かれた?」
「……見送ったんです、この腕で」
「本当にそう思ってる?」
「……痛いとこついてきますね。総司そっくり」
苦しげに声を絞り出した千里はすっと立ち上がって、障子戸を開け放った。
見上げる空には、月が昇っていた。
「ーー総司は、私を恨んだかな」
病に倒れた彼が、江戸に戻ってきてから戦場に戻ってくることはなかった。
近藤さんが斬首されたことを知ったのかどうかすらも、千里は知らない。
どういう最期だったのかも。
「ーーずっと、貴女を案じていたよ」
「ッ」
ひゅっと、千里の喉がなった。
千里を射抜く瞳が、翡翠色に見えた。
「”あの子はすぐに無茶をするから、土方さんのために命を投げ出したりしそうだな”」
「”土方さんのためなんかに命を投げ出してなんか、欲しくないな”」
「”僕のそばにいてくれたら”」
「”いや、あの子も僕と同じだったね”」
「”剣を振るってる時が、一番あの子らしいから”」
「”せめて、千里が、剣の道で、行けるところまで行けるように”」
「”願わくは、幸せに”」
安定がまるで沖田総司のように、言葉を紡ぎだす。
最期まで彼のそばにいたのはまぎれもない、大和守安定なのだ。
「ーー寂しかった」
「!」
「ひとりが」
「千里さん、」
「三百年も、ひとり」
思い出すのは北の大地に春が訪れ、過ぎ去ろうとしていたあの日。
季節外れの狂い咲きの桜の下で、愛する人を腕の中で散らしたあの日。
あの日から彼女は一人だった。
「眠れない日は、皆を思い出していたよ。それで、総司を思い出しては、同じ想いをさせていたんだろうなと、後悔した」
家族に恵まれて生を受けた。
しかし兄弟に恵まれず、男になることを選んだ。
家族が、一族が目の前で屍に変わった。
ひとりになった。
彼女は一等、ひとりが嫌いだった。
「ひとりが、嫌いだった」
手が差し伸べられた。大きくて無骨な手。鬼瓦見たいと比喩される怖い顔。その手は泣けるほどに温かかった。背も広かった。
背負われて、視野の狭まった頭を撫でてくれた繊細な手。仏頂面。でも、驚くくらい綺麗な顔。その手も泣けるほどに温かかった。
あの時から、ひとりではなくなった。
近藤と土方に拾われた、あの時から。
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