山城国から相模国へと帰還した一行は、大方の書面による手続きを終え、本丸へと帰ってきていた。
肩が凝ったぜという鶴丸と無言で本丸内を見て回る安定。
いくら広い本丸とはいえ、一振りに一部屋与えるのも、という考えのもと、一先ず三振り同じ部屋で暮らすことになった。
清光も渋々だが了承していた。
気づけば夕食刻となっており、簡単ですまないがと千里は食事を用意した。
海苔と一緒に巻かれた卵焼き。人参と青菜の白和え。
お麩とせりの汁物。鮭の炊き込み御飯。
こりゃうまいと今日一番の大声を張り上げた鶴丸と行儀悪いよと大声を張り上げる清光。
「三振りとも」
「どうしたの」
「夕餉が済んだら私の部屋に来てもらえますか」
「あぁ、いいが」
「主、鶴丸国永も呼んでいいの」
「ここまで来てしまっては話すほかないでしょう。鶴丸国永にその意思があるのならですが」
「……訳ありなのは理解していたが、こりゃ、俺もしっかり腹を括ったほうがよさそうだな」
さっきまでとは打って変わって真面目な顔つきになる鶴丸を見て、千里は頷く。
夕餉を終え、片付けも終え、戌の刻から亥の刻に差し掛かったころ、三振りは主の部屋へと足を運んでいた。
主の部屋は本丸内でも奥まったところに存在する。
障子戸の目の前は小さな庭があり、木製の腰掛が置かれている。
障子戸の向こうは主の部屋兼仕事部屋であり、清光もよく出入りをしている部屋である。
文机と通信機器に大量の資料。少し大きめのその部屋は約十畳ほど。
実はその奥に千里の本当の私室がある。清光も入ったことのない私室だ。
「主」
「どうぞ、入ってください」
文机の近くに置かれた行灯が仄かな明かりを生み出している。
顔につけられて鬼面にも、怪しげな影が生まれる。
「夜分遅くにすみません。お二人もいろいろあってお疲れでしょうが」
以前の本丸が解体され、その後ここに移動するための手続き、慣れない本丸での生活。
そして観察対象としての生活が今から始まるのだ。
「なあに、気にするな。ここに来ると言ったのは俺自身の意思だからな」
「そう言っていただけますと、気が休まります」
「寧ろ、貴女の胃に穴が開くんじゃないかって僕は思ってるけど」
「安定ッ!」
素知らぬ顔で毒を吐く安定にすぐさま食ってかかる清光。
腰を上げ、右手は腰のものに手が伸び、今にも抜刀しそうな勢いだ。
「よしなさい、清光」
「でも、」
千里に見つめられ、しょうがなくその場に居直す清光。
それを見た千里も姿勢を正した。
「何から、話しましょうか」
話すことは山のようにある。とはいえ何も知らない鶴丸がいる以上、順序立てて話をするべきだ。
「最初からで、いいんじゃない」
「え?」
安定はまんまるな目を細めて千里を見遣った。
その言葉に肯定するように、千里は口を開いた。
「長い長い話です。まずは、そう。今から三百五十年ほど前まで遡らねばなりません」
「三百五十年前といえば、江戸幕府末期のあたりかい?」
「ちょうどその頃だと思って話を聞いてください、鶴丸」
「承知した」
はっきりと鮮明に思い出せるあの頃。
十年前のことより、五十年前のことより、百年前のことより、千里は三百年前のことのほうが鮮明に思い出せた。
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