御旗 | ナノ





 日が昇ってすぐの頃。明六ツより少し早い刻限。
 千里は洗面台で顔を洗っていた。
 顔に面は、ない。
 顔が、鏡面に写し出される。

「ふぅ」

 ぽたり、ぽたり。
 輪郭に沿って、雫が陶器の器にこぼれ落ちる。
 陶器に負けず劣らず白い顔。白い髪の毛。そして深紅の瞳。
 人のものとは思えないほどに尖った、歯。
 鬼に身を窶した千里のなれの果ての姿だった。
 ある意味では神聖な姿なのだ。それでも千里にとっては忌々しい姿に違いはなかった。

 髪の毛を梳かしひとまとめに結い上げる。
 そして顔に鬼の面を差し入れた。

 月白の武者袴に褐返の着物。帯には藤色を。そして江戸紫の羽織を軽く羽織った。
 帯に脇差の薄桜を差して、玄関へと足を運んだ。

「早いですね、清光」

 玄関へと足を運べばすでにブーツまで履き終えた清光が待っていた。

「まあね。だって俺の初陣だし? 気合も入るってもんだよ」
「そんなに気負わなくてもいいですよ。戦闘になることは多くありませんから」
「ないことはないんでしょ?」
「その時には期待しておりますよ」
「勿論!」

 ニヒルな笑みを浮かべた清光がVサインを頬の横で掲げる。
 鼻緒が烏羽色の桜張の桐右近下駄をつっかけた千里はポンポンと清光の頭を優しく撫ぜた。

「行きますか、清光。少し遠出ですが」
「どこまでもお伴しますよっと」




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