季節は本格的に夏に突入した。
だだっ広いだけが取り柄の本丸も、夏らしく風通しの良いところに風鈴が飾られている。
「千里さん、大丈夫ー……?」
気温は既に30度を超えていた。
「ここまで暑さに弱くなっていたとは……」
氷嚢を額の上に乗せながら机に向かう千里の顔色はすぐれなかった。
真っ青ではなく真っ赤な意味で。
「なんだっけ、あの、くーらーっていうの? あれ買おうよ。ね?」
加州清光が前にいた本丸は2200年代らしく近代化の進んだ本丸であった。
内番は存在したものの、掃除や選択、炊事などはほとんど全自動で行われていた。
冷暖房も完備されており、夏も涼しいし、冬は暖かかった。そういった面では、非常に優遇されていた本丸であったのだと、清光は思い出していた。
「戦場に立ちたくなくなりますよ、あの中にいたら」
「あーそれは確かに」
また思い出すのは以前の本丸。
前の本丸には怠惰な刀がいなかったからあの状況下でも主の命令に逆らう刀はいなかったが、確かにあの快適空間にずっと身を浸していたら戦場に出たくなくなるのかもしれない。
「それに、」
「?」
「……任務ですよ、清光。久方ぶりの、ね」
「!!」
机に転がっていた筆を手にし、トントンと机を二回叩けば、フッと空中にディスプレイが現れる。
中央にある一際大きなディスプレイには”指令書”と書かれた文書が。
「ランクは弐のブラック本丸を叩けとのご命令です」
「俺がいたとこと同じくらい……?」
「まあ、ランクだけで言えば」
”ブラック本丸”とは2000年代に流行した言葉を引用した創作語である。
その実態は人徳的とは言えない非道の数々を行なっているのである。
刀剣男士を無理やり行軍させたり、必要資源を最小限に抑えるべく手入れを怠ったり、果ては刀剣男士に対する同衾の強制。
審神者名、楽の仕事はこれらの対処であった。
主に、力づくの。
千里の知るところではないが、政府側にもブラック本丸対策本部は存在するらしい。
そこで手に負えなかった、または手に負いたくない場合に回ってくるようである。
とはいえ、まだ試験的な部分も多く、比較的ランクの低い仕事ばかり回ってきているようだった。
「何時いくの?」
「明日の明朝から出かけます。共に来ますか、清光」
「勿論! 連れてってよね、主!」
「……」
基本的には名前呼びであるものの、こうしてたまに”主”と呼ばれると、千里はよく言葉を詰まらせた。
顔が面で覆われているため、どんな表情をしているかまで、清光にはわからなかった。
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