御旗 | ナノ





 昔はよく、日の出とともに起き、日の入りとともに眠りにつく生活だと言われていた。
 とはいえ、江戸時代にもなれば油の流通も増え、庶民にも多く行灯などの照明が一般化していた。
 事実、あの”池田屋事件”は亥の刻の出来事であった。

 加州清光も顕現されてからはそれなりに歴史の勉強も行った。
 幕府の時代が終わり、明治がはじまり、日の本にとどまらず、世界全土で行われた戦争の数々。産業革命や三種の神器も、知識としては知っている。
 電気の発達も然り。

 なのだが、清光に与えられた部屋の明かりは馴染み深い行灯であった。
 江戸時代にあったものより明るくは感じるが使い方やその構造は変わらないように見受けられた。
 清光に、といったが、本丸の主である千里の部屋もまた明かりは行灯であった。
 最新鋭の通信機器がある部屋に関わらず、である。
 清光が思うのもなんなのであるが、時代錯誤だなぁと常に思うのであった。

 夕食は軽めに、買って来たゆかりとちりめんじゃこを酢飯と混ぜ込み、甘く煮たお揚げに詰めたいなり寿司に、桜型のお麩が浮かんだお吸い物だった。いなり寿司は食べたことがあったが、混ぜ込み御飯が詰められたものは初めてであった清光は一口食べて感動し、それを見た千里から一つ多くもらって食べていた。

 湯浴みを終え、主に頼み込み買ってもらった、厳密に言うと主である千里が使っていたものを分けてもらった、椿油を髪の毛になじませる。日々のルーチンワークのようなものだが、こういった作業をしていると余計なことを考え始めてしまう。

「そう思えば、今までどうしてたのかなんて、聞かなかったなあ……三百年、ひとり、だったのかなぁ……」

 ブラック本丸から救出され、政府の反対を押し切った本丸の移動。いろんなことがこの短い期間に沢山あった。
 常に千里の事は考えてきたが、それはあくまで今、自分のそばにいる千里のこと、または、まだ清光自身が刀剣として活躍していた頃の千里の事ばかり。
 その間のことなど、考えたこともなかった。

「ーー清光、まだ起きていますか」
「千里さん? 起きてるよ」
「失礼しますね」

 音も立てずに障子戸を開けるのは流石というべきか。
 その昔、新選組の諜報担当として、夜の帳が下りてからの仕事が多かったのだ。
 花街の店や街中の飲み屋、藩邸に個人の邸宅。どこにだって副長の命令があれば忍び込んで欲しい情報を手に入れてきた。
 それが今、加州清光の目の前にいる彼女、碧月千里なのだ。

「夜分遅くに失礼」
「どうかしたの?」

 千里の出で立ちからして、今まで仕事をしていたのだろう。まだ寝間着ですらなかった。

「渡すものがあったのを忘れていて」

 着物の袂から取り出されたのは小振りのちりめんで作られた巾着袋。黒地に紅色の梅の花が描かれたちりめんだった。

「え、これ、なに」

 手を出して、と言われ言われるがままに出した手に、ぽんと置かれる。
 大きさの割に重みを感じる。

「開けてご覧」

 結ばれた紐をしゅるりを解けば、口が開かれる。
 開いた口に指をひっかけて中を覗き込む。どうやら中に箱のような、皿のようなものが入っているようだった。
 ひっかけていた指をそのまま中に入れる。指にひんやりとした陶器の感触を感じる。
 中から出てきたのは紫陽花を模した彫り物がされた丸い陶器。どうやら蓋が付いているようで、天辺についた取っ手を摘んで蓋を外す。

「わ、ぁ……!」

 中には可愛らしい粒がたくさん入っていた。
 青に紫に白色、緑に黄色に桃色、陶器の中でたくさんの小さな花が咲いていた。

「金平糖……だよね、これ」
「えぇ。八つ時に立ち寄った茶店に売られていた品です」
「ーー真逆」

 脳裏にかすめた八つ時のやりとり。
 自分が丁度三本目の団子を食べていた時だ。確かに彼女は”厠に行く”と席を立った。

 清光は真意を探るように、面越しではあるが千里の顔を覗き込んだ。
 面越しでもわかるくらい、千里は笑っていた。


 ーーやられた。


 自分の仮説が正しいのだと察してから、清光の顔はただただ紅くなるだけだった。
 恥ずかしくなって清光は視線を千里から外して、落とす。

「受け取ってくれますか?」
「……当たり前じゃん、馬鹿主」

 そんな受け答えしかできなかった自分に腹がたった。
 まるで素直になれなかった、沖田総司のようだと。

 そんなことを考えていたからか、先ほどまで何を考えていたか、加州清光はすっかり忘れていた。


17

前頁 次頁





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -