洗い物を終えた頃には朝四ツ前になっていた。
たすきがけをしていた襷紐を解きながら、清光は主である千里の部屋へと向かっていた。
思い出すのも憚られるが、前にいた本丸は2205年らしく近代文化も取り入れた本丸だった。
厨もほとんど全自動のようなものだったから、清光ら刀が脚を踏み入れるのはせいぜい配膳の時ぐらいであった。
この本丸も江戸時代にはないものは多く見受けられた。
水道が通り、蛇口という捩子巻きのようなものを捻れば綺麗な水が出る。
火も起こすことなく、取っ手をひねるだけで火が出る。
冷蔵庫と呼ばれる食材を冷やしておくことのできる絡繰もある。
だが、やはり前の本丸よりは大分時代遅れな本丸であることを清光は感じていた。
「千里さん、はいってもいい?」
「どうぞ」
障子戸をそっと開けば文机へと向う千里の姿。
大きめの文机には政府とやりとりをするための電子機器が並んでいた。
空中に浮かぶ半透明のディスプレイ。
文机の上に置かれた板に筆でサラサラと文字を書き込むと、ディスプレイにもその文章が浮かび上がる。
「お偉いさん、なんだって?」
「清光の途中経過の催促だよ。何も心配はいらないようだと返しているところ」
基本的に刀剣男士は刀身に審神者の力でおろされて出来上がる。
だからこそ、本丸ごとに多少個性の違う同じ刀剣男士が生み出されるのだ。
前の審神者の力でおろされた刀剣男士が、他の本丸に移ってうまくやって行ける確率は多く見積もって二割というのが政府の見解だった。
ことり、筆をおくと、それと同時に浮かんでいたディスプレイも消えた。
「ブラック本丸のことは何か言ってた?」
「……清光にこういうのもなんなんだけれど、この間の、清光が元いた本丸はそんなに酷い状態でないとされていた部類なんだよ」
具体的な分類方法までは知らされていないが、どうやらブラック本丸はブラックレベルが壱から伍で分けられているようだった。
壱が軽度のブラック。そこから数字が増えるごとに酷いブラックであることを示している。
清光がいたブラックは弐にランクアップしたばかりのブラック本丸であった。
壱であったうちあった通達を無視し続けた結果であった。
「私の力を試していたようだよ、政府は」
「は? あっちから千里さんを召還しておいて?? ふっざけんなよな……」
「まぁ、未知数の力を使うわけですから、慎重になるのも致し方ないでしょう」
「でもさぁ……」
「新選組と同じですよ。活躍して、認めさせればいい」
「!」
面の奥の瞳が、ぎらりと、光った気がした。
千里はくいっと面を押し上げると唇に湯呑みを押し当てた。
「……昼餉も兼ねて早めに出かけようか。何が食べたい、清光」
「お団子が食べたい」
「それは八つ時にね」
まだ外は雨模様である。
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