顔を洗い、髪の毛を結い直し、着物を着替えた清光は千里が待つであろう広間へと足を向けた。
近づけば味噌の香りが漂ってくる。
「千里さんっ、おはよー」
「お早う、清光」
だだっ広い畳の広間に膳が二つ、ぽつりと置かれている。
二人とはいえ、一応上座に主である千里が座り、下座に清光が座る。
豪勢ではないが、一汁三菜の綺麗な膳だ。
ほかほかと湯気立つ白米は千里の好みなのか少し固め。その隣の味噌汁の具は豆腐と葱のようだ。
平皿には沢庵がふた切れと胡瓜の柴漬け。
深皿には蓮根と牛蒡、そして人参と大根の皮の金平が。
膳の真ん中には鰤と大根が一緒に炊かれた煮付け。
「おいしそー」
「ご飯とお味噌汁のおかわりはありますから」
「はーい。いっただきまーす」
清光は、清光のためにと購入された黒と朱の漆塗り箸を手に取り、味噌汁椀に口つけた。
「あれ、お出汁変えた?」
「いつもの鰹節が少し足りなくてね、煮干しを多くしたんですよ。美味しくなかった?」
「うんん、美味しいよ。でも鰹節ないのは困るよね」
「そうですね。雨ですが、買い物に出ねばならないようです」
そっと、千里の顔が外へと向けられた。
雨は未だしとしとと降り続いている。
「俺も一緒に行くよ。荷物持ちする」
「ありがとう、清光」
「こっちこそ、おいしいご飯ありがとう。昼餉と夕餉の支度は手伝うから」
「えぇ」
清光は箸で器用に輪切りの大根を半分に切った。
千里は鬼の面を被ったままだ。面を被ったまま、ほんの少し面を上げておき、器用にその隙から食事をしている。
「食べづらくない?」
「慣れればどうということはないですよ。まあ……」
「?」
「飲み物を飲むときは不便です」
そう口にした千里の視線の先には湯呑みが置かれていた。
「洗い物は俺がするよ」
「爪紅は大丈夫ですか」
「問題ないって。政府からのやつ、やらないとでしょ? それは俺できないからさ」
「……わかりました。お任せしますね、清光」
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