「……俺」
「?」
俯いていた加州清光は、恐る恐る顔を上げると、鬼の面越しに楽の瞳を射抜いた。
目は口ほどに物を言うとは本当のことで、楽は同じように加州清光を見返した。
「俺、千里さんと、一緒にいたい」
「!」
思ってもみなかった加州清光の答えに、楽は息を詰まらせた。
「……その答えは、あまり賢明とは言えませんね」
「俺自身、頭がいいとは思えないけど、これが最善だってことくらい理解してる」
「私は、審神者ではありません。貴方が貴方として存在していられるのは、審神者のもとにいるからです」
刀剣男士が顕現されるのは審神者の力があるからである。
そして審神者は政府公認の役職である。
千里は確かに審神者としての能力をもち、政府からもその力を貸すようにずっと言われていたのである。
それでも、彼女が再び刃を手にしたのは審神者になるためではない。
「確かに、私には審神者としての力、刀に宿る付喪神を顕現する力を持っています」
「なら……!」
「ーー然し、私は審神者となることはない」
地を這うような声だった。
怒りか、呆れか。
しかし、加州清光には、違う感情が読み取れた。
ーー哀しみ。
「加州清光。貴方は歴史改変に心から反対ですか?」
「そりゃ歴史を変えるのは大罪でーー」
「大罪だから、反対ですか? 大罪でなければ、喜んで歴史を変えますか?」
「ッ」
幕末。
新選組の最期は華々しくも呆気なく、儚くそして、惨めだった。
局長の近藤勇は罪人として斬首。
副長だった土方歳三は銃弾に倒れ戦死。
天才剣客として名を馳せた沖田総司に至っては、病死である。
もし、板橋の刑場から近藤を救い出せたら?
もし、土方歳三が銃弾に倒れなかったら?
もし、
もし、沖田総司が病に倒れなかったら?
「ーー人としての碧月千里は死んだのです。今あるのは鬼である、碧血鬼、碧月千里だけ」
「なんだよ、それ」
「あくまで私の使命は蔓延っている”ブラック本丸”と呼ばれるものの掃討。歴史改変者との戦いをするつもりはないということです。つまり、刀剣男士に与えられた任務とは全く関係のない仕事だ」
突き放すような言葉。
その言葉は確実に加州清光という付喪神の”心”に突き刺さった。
それでも感じ取れるのは何故なのだろう。一度でも彼女が、自分を手にしたからだろうか。
加州清光は目を細めた。
「俺にできることは、敵を斬ることだけ。俺は、刀だから」
「!」
千里は仮面の奥で目を見開いた。
加州清光の放った言葉は、よく昔、はるか昔に、沖田総司が口癖のように放っていた言葉だった。
「刀剣男士にとっての敵はたしかに遡行軍だけど、俺、加州清光の敵は、貴女が思う敵だよ」
「ーーどうして」
「嬉しかったんだよ、貴女のものではなかったにせよ、貴女に買ってもらえたこと」
「!」
「一緒にいさせて?」
広い広い千里の本丸がほんの少し賑やかになったのは、そう遠くない未来のお話。
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