御旗 | ナノ


「随分と、長い間苦しませてしまったようですね、加州清光」

 楽はそっと、加州清光に自らが羽織っていた羽織を肩にかけてやった。
 楽の声色は先ほどとは打って変わって穏やかなものであった。

「あ、あの……!」
「?」
「こんなこと言うのもおかしいんだけど、会ったこと……ない? 俺、あんた、いや貴女と! 会ったことある気がするんだけど……」
「政府の者ですから、あったことがないこともないのでは?」
「そうじゃなくて!」

 加州清光は声を荒げて楽を呼びとめた。
 加州清光が持つ瞳が訴えかける。

「本当は、ダメなのを知っているでしょう」
「……?」
「真名を神に教えるのは御法度……とはいえ、私ももはや神の域に足を踏み入れた者、か」

 鬼として生まれ、長い時を生き抜いた楽は、夜叉と呼ばれる身となっていた。
 神域へと、すでに足を踏み入れているも同然なのである。

「……貴方に初めて出会ったのは、江戸でしたね」
「!」
「一目惚れしたんです、貴方に」
「そ、んな、だって、あれはもう、」
「私はもう自分の刀を持っていたので、買うのを諦めようと思いました。でも、それなら、大切な人に贈ればいいと考えました」
「だって、」
「総司に、ぴったりだと、思ったんです」
「千里、さん……!」

 加州清光は楽にしがみついて、その瞳からほろほろと涙を流して見せた。

「あれはっ、もう、400年も、前なのに、なんで、どうして」
「加州清光は知らなかったですものね……私は、鬼なのですよ」
「お、に?」
「……えぇ」

 楽は着物の裾で加州清光の目尻に光る涙を拭ってやった。

「それにしても驚きました」
「?」
「総司そっくり」
「!!」

 楽の言葉を聞いて、加州清光はぽんっと、顔を真っ赤にして見せた。



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