御旗 | ナノ


 本丸内は禍々しいまでに鬱々とした気であふれていた。
 楽はへし切り長谷部の後ろをついていく。
 本当は、着いていかなくとも、この気の根源を目指せばたどり着くのだが。
 敷地内の奥には離れが存在した。きっとここが、この本丸の主の私室なのだろう。

「こちらになります」
「……」
「……主、おりますでしょうか。長谷部でございます」
「長谷部? 何か用? 今忙しいのだけれど」
「申し訳ございません……お客人をお連れいたしました……」
「客? 私、追い返せと行ったよね? 主命主命っていうけど、ぜんっぜん守れてないじゃない」
「も、もうしわけ……」
「あー、もういいから、下がって。忙しいって言ったでしょ。空気読みなさいよね」

 スパンっ!
 小気味好い音を立てて開く障子戸。十二畳ほどの部屋にはいたるところにきらびやかな着物があり、文机には化粧道具。飾り棚には豪奢な装飾品がこれでもかと並んでいた。
 部屋の中央部に敷かれたのは一組の布団。その布団の上にいる小柄な女性が、ここの主なのだろう。
 薄い衣だけを見にまとった女の側には一人の男。男の持つ黒髪は軽く乱れ、赤く光る双眸は見開かれている。

「あんた誰よ! 急に開けるとか本当、常識ないわね!」
「客人に対して刃を向けるように指示したあなたの方がよっぽど常識がないように思えますが。剰え、客人を放って男を侍らせておいでとは……呆れを通り越して感心いたしますよ」
「鬼の面なんて被って気味悪い……! ちょっと! 追い払ってよ!」

 先ほど楽の実力を目の当たりにしたへし切り長谷部はもう抜刀するつもりはないらしい。

「貴女がそうして遊んでいるから、手入れ部屋にも入れていない刀たちがたくさんいるのでは?」
「長谷部!!」
「主、申し訳ございません……私はこの方には勝てません」
「はぁ? そんな女相手に勝てないっていうの!? 意味わかんない! 清光! あなたも手伝ってやんなさい! 二人なら勝てるでしょ!」
「お、俺、」

 上半身に何も見にまとっていない黒髪の男は、深紅の瞳を鬼の面へと向けた。
 深紅の瞳は、揺れ動く。

「……加州清光」
「ッ」
「清光! 何してるの! この本丸で一番レベル高いの清光なんだからね!」
「お、俺、この人斬れない……!!」
「はぁ!?」

 女のキンキンとした声が響き渡る。部屋の外にいる楽でさえ耳障りなのだ。隣にいる加州清光にはたまったものではないだろう。

「斬れないって何? 主の命令が聞けないってわけ?」
「ち、ちがっ」
「主に可愛がってほしいとか言うから可愛がってるのに、そんな主の言うことが聞けないなんてありえない!」
「そこまでですよ」

 全てを断つように、楽の声が響いた。

「貴女の罪状は大きく分けて三つ。一つ目は刀剣男士の手入れを怠ったこと。二つ目は刀剣男士に対して夜枷を強要したこと。最後は、職務怠慢です。この本丸は差し押さえ、貴女には追って政府から刑が下るでしょう」
「ちょ、は? い、意味がわからない! 急に来て何言ってんの? 私、審神者よ? そう簡単に……!」
「これは、政府直々の命です。大人しくしてください。とはいえ、大人しくしたところでさしていい方向にも転びませんがね」

 楽は一瞬にして女の背後に回り、手刀で女の意識を奪った。

「へし切り長谷部」
「はっ」
「この本丸にいる刀剣男士にはそれぞれ選択肢が与えられます。現在の状況伝達を刀剣男士に行い、統率を計ってもらってもよろしいですか」
「しゅ……命令とあらば」

 恭しく頭を上げたへし切り長谷部は直ぐさま踵を返した。




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