御旗 | ナノ


 明け六つ。日が昇って間もない刻限だった。
 腰に差している脇差は一振り。朧月と名付けられたものだった。
 お気に入りである竜胆色の着流しに、杏色の羽織を重ねる。着流しの掛襟には浅葱色が使われている。帯は翡翠色。

「いこうか」

 顔には、鬼の面。
 彼女は碧月千里から楽へと変わる。

 巳四つの頃、碧月は一つの本丸へと足を運んでいた。
 木造の立派な門構え。そこには見えない結界が張ってあるのに楽は気がついていた。

「歓迎されていないようですね」

 今日ここへ、政府からの使いが来るのは通達されているはずだった。指定した時間も寸分違わない。
 使いの一人や二人いてもよかろうに、楽はため息を吐いた。もう、逃せない幸福などないのだから、思う存分にため息が吐き出せる。

「ごめんください」

 気配はある。誰もいないということがないことは明確なのである。

「ここに政府からの許可証はあるので、お邪魔させていただきますよ」

 政府から今回の任務書きとともに渡されたのが許可証である。
 楽は右手を脇差の柄にかけ、左手は鯉口を切った。

「っ」

 深く吸った息を一気に吐き出す。吐き出した息と、脇差が抜かれるの、そして、目には見えぬ結界が斬られたのは同時だった。
 抜身を鞘へ戻し、楽は門の敷居を跨いだ。

「……お出迎えが遅いのではないですか?」

 楽の両足が本丸内に入った瞬間、楽を取り囲むようにして三人の男が立ち塞がった。

「迎えてないんだけどな」
「どうやって結界を破った……」
「今ここで引き返すのならば見逃してやる」

 どの男も比較的大振りなところを見ると打刀以上だろうと楽は冷静に考えていた。
 そして昨日目を通した刀帳を思い出していた。

「燭台切光忠、大倶利伽羅、そして、へし切り長谷部か」

 語り継がれるは遡ること戦国時代。
 独眼竜と呼ばれ東北を治めていた伊達正宗公が所持していたとされる刀、燭台切光忠と大倶利伽羅。
 そして第六天魔王と自称し、日の本統一に誰よりも近かった独裁者、織田信長の所持していたという刀、へし切長谷部。
 すでに三振りとも臨戦体制である。

「一度に幾つもの質問をされてしまうと、答えるのに困ってしまうからやめていただきたい」

 三対一。しかも相手は見た所女。負ける要素などないはずなのだ。
 しかし三振りはどこか感じていた。目の前のこの女には、勝てないという予感を。

「まず一つ目、今日ここには政府からの通達の元、人が来るとわかっていただろう。それを迎えないというのはどういう了見か」
「ッ」
「二つ目、この程度の結界破れないと思っている方がおかしい」
「ッ」
「三つ目だ。お前たちこそ、折られたくなければ引くことをお勧めする」
「……いい度胸だ」

 はじめに挑発に乗ったのはへし切り長谷部だった。上段から大きく一振り、楽へと斬りかかった。
 しかし楽はへし切り長谷部の方をちらりとも見ずに、その剣先を避けて見せた。

「なにっ……!」
「練度の問題じゃなさそうだな、その弱さは……」
「言わせておけばっ!」
「長谷部くん待って」
「止めるな燭台切光忠!」
「この場を任されたのは僕だよ」
「くっ」

 燭台切光忠に止めれらたへし切り長谷部は一歩後退して見せた。

「只者じゃなさそうだね、君」
「多少力のあるものでなければ、こんな仕事頼まれるはずがないでしょう」
「それもそうだね。とはいえ、これ以上君に踏み入られるのはこっちとしても困るのだけど」
「後ろめたいことがあるから、こうして隠しているのでしょう……」
「関係ないだろう」
「なら、通してもらおうか」
「!」

 楽は一歩で燭台切光忠まで距離を詰めた。そしてその腹へ肘鉄を入れ、流れのままに後ろへと回り込むと首の後ろに蹴りを入れた。

「ぐっ、がっあっ……!」
「光忠……!」

 目を見開いた大倶利伽羅が突きを向けてきた。それを一重でかわすと、刀を持っている右腕に手刀を入れる。たかが手刀、されど手刀。大倶利伽羅は思わず刀を落としてしまう。

「なっ」

 前のめりになる大倶利伽羅へ膝蹴りを入れると、後頭部へも手刀を入れて見せた。
 地に伏せた二人を見ながら、楽は改めてへし切り長谷部を見やった。

「貴方も、私に挑みますか?」
「くっ……貴様は何者だ。人が私たち相手にこんな大立ち回りができるわけ……!」
「人ではないから」
「!」
「……本丸の案内を頼めますか? へし切り長谷部」

 抜身が、へし切り長谷部の首元へとあてがわれた。三尺以上の差を、気づかないうちに詰められたのだ。
 へし切り長谷部は息を飲み、瞳で肯定を示して見せた。



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