すっかり宵闇が辺りを包み込み、魔導で揺れる橙色の炎を灯すシャンデリアが彩るネクロス本城。戦争真っ最中であるネクロス本城において、現在城の守りを任されている将軍がアルケインであった。夜行性を自称するだけあり、この時間帯もひとり、広大なネクロス本城の庭をワイングラス片手に散歩を楽しんでいた。
「素晴らしい新月ですねえ」
見上げれば、いつもは月が照らす濃紺の夜空も新月のせいで暗黒となっていた。そんな夜空を賞賛するアルケインは空に向かってグラスを掲げ、そして口づけた。
胸ポケットへと仕舞い込んでいた懐中時計を取り出すと、そろそろ長針が頂辺を指すところだった。まだまだ3月の冷たい夜風は優しくなかった。
気がつけばアルケインは城門付近まで足を伸ばしていた。門番をしていた兵士たちはアルケインに気がつくとスッと一礼をしてみせた。アルケインはお疲れ様、と労いの言葉をかけた。
するとどこからか馬の蹄の音が聞こえてくる。アルケインは音のする方を見やった。月のない日だ、数メートル先は闇。そんな闇の中から音は近づいてきていた。
「あれは・・・・・・」
ようやく姿が見えると、それはネクロスの馬であることが確認できた。こんな時間に一体どうしたのか、と首をかしげるアルケイン。門番の一人は馬とその騎手に近づいていった。
「こんな夜更けにどうした」
「いつもの郵便馬だ」
「いつもって、それは昼の話だろう」
「速達を頼まれてな」
「速達?」
どうやらいつもは昼にやってくる郵便馬のようだった。郵便馬とは戦場から本城へと届けられる手紙や書類を運ぶ馬のことで、軍事的な意味でも使われるが、より多く用いられるのは戦場から本城にいる家族や友人に向けた個人的な内容のものだった。勿論、速達も存在するのだが、こんな夜中に届くことなどかつて一度もなかった。
「大事な友人がどうしても早いうちにと」
「贔屓かお前」
「贔屓っちゃ、贔屓だがな。理由を聞いたからら馬を出さずにはいられなくなってな」
「ほう」
友人からの頼まれごとということもあり、無茶なお願いだったものの引き受けた様子だった。
「あ、アルケイン様!丁度良かったです!」
郵便馬の騎手は門前にいたアルケインを目に留めると、嬉しそうに近づいてきた。
「こちら、アルケイン様宛の速達です。お受け取りとサインお願い致します」
「え、僕宛だったんですか」
話を聞いてはいたが、まさか自分宛だとは夢にも思わなかったアルケインは驚いた様子だった。綺麗な羊皮紙の封筒を手渡され、差し出されたのはサイン用のペンとサイン用紙。サラサラとサインを書き終える。
「確かにお渡ししました。それでは失礼いたします」
また馬に跨った騎手は闇の中へと身を投じた。
「アルケイン様宛だったんですね」
「えぇ、そのようですね」
封筒の表面に書かれた自分の名前。そして裏面には自分の部下の名前が書かれていた。
「普通に、手紙のようですね」
「うーん・・・・・・とりあえず、一旦部屋に戻ります。門番、よろしくお願いしますね」
「はい!」
門番たちに背を向け、アルケインは自室へと足を向けた。
さっそく部屋に戻ったアルケインはデスクに置かれていたペーパーナイフを手に取り、便箋の封を切った。中身だけ取り出し、アルケインはソファへと身を沈めた。
「なになに・・・・・・」
視線を這わせて内容を黙読していく。視線を下へと移動させればさせるほどに、アルケインの口元には笑みが浮かんでいく。
「随分と、可愛いことをしてくれますねぇ」
書かれているのはやたら長い前置きと、そしてアルケインの生誕を祝う言葉であった。
今まさに戦場にいる自分の部下から速達で送られてきた手紙には、彼女がいつも身につけているスミレの花の匂い袋と同じ香りがしていた。見慣れた文字と香りから得られるのは安心感と優越感。
テーブルに置いていたワインを手に取り口へと含む。
「ワインがとても美味しいですねェ」
現在の時刻は、3月3日0時30分くらいを指していた。


この想い、速達で


2015.3.3 HBD
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