※現パロです




アルケインは疲れていた。
外資系の会社で重役に身を置く彼に安息などほとんど存在しなかった。特に季節の変わり目、3月ともなるとその忙しさも倍増。外資系の会社というのも相まって、海外を飛び回る生活であった。
勿論この日も海外への出張であり、今は帰りの飛行機の中。ビジネスクラスのほんの少しだけゆったりとした空間に長い脚を伸ばし、しばしの余暇に身を委ねていた。
この飛行機が本国へと到着するのはさて何日だったか。時差の関係ですぐには出てこないその答えにひとつため息を漏らした。それでも、この飛行機が到着する頃には真夜中。もう人が寝静まるころであるのは確かなことだった。
約13時間のフライトを終え飛行機を降りたアルケインは荷物を受け取り静かな空港内を歩いた。日中は人が混雑し賑やかな空港内もこんな時間だ、どこかひっそりとしている。今の時間帯うろついているのは自分のような稀有な人間、国際線で時間問わずに移動している人物のみであると考えたところでアルケインはくだらないと失笑した。
アルケインは、約1週間分の荷物が入っているキャリーケースにスーツに合うように仕立てた革のバッグ、そして街中をうろつく時のためのセカンドバッグを手にタクシー乗り場を目指すことにした。
壁に置かれた時計を見やれば現在午後の11時42分。タクシーに乗ってちょうど日付を跨ぐ時間だろうか。改めて時間を認識したことによって疲労感が増していく。自分もいい歳なのになァと馬車馬のようにこき使う若き上司のことを思い浮かべた。

「……あれ?」

タクシー乗り場に向かう途中。正面入口脇のベンチソファにはスーツ姿の女性が一人。外では付けていたのであろうマフラーを膝掛けがわりにして、少しうつむいている。清潔感あふれる黒髪とその出で立ちにアルケインは見覚えがあった。

「名前?何をしているんだい?」
『っ!アルケインさん……っ!!』

声をかけてやればその通り、アルケインの部下である名前であった。はっと顔を上げた彼女はアルケインを認識するやいなや顔に花を咲かせていた。そして勢いよく立ち上がれば膝掛け代わりにしていたマフラーがはらりと床に落ちる。

「ほらほら、マフラーがおちたよ」

アルケインは足取りを緩めることなく名前に近づくと、落ちたマフラーを拾い上げて軽く埃を払い落とすと名前の首へとまわした。手触りの良いカシミヤにアルケインもどこか癒されていた。その証拠にしばらくマフラーから手が離れなかった。

『ありがとうございます……』
「……それにしても、どうしたんだいこんなところで」
『それは勿論、アルケインさんのお迎えです』

それ以外になにがある?というかのような表情にアルケインは顔を歪ませた。迎えに来てくれることは嬉しいのだ。しかし今の時間帯は言わば深夜。年頃の女性が一人で出歩くにはあまりにも危険な時間帯であるといえる。

「お気持ちは嬉しいですが、貴女の身に何かあったら悔やみきれない。この時間の迎えはいらないですよ」
『それは、そう、ですけど……』

名前を見る限り、納得していないわけではないように見える。しかしどこか歯切れの悪い返答にアルケインは首を傾げる。

「どうかしたのかい?急な用事でも?」
『急を要する用事ではあります』

一息ついた名前はアルケインを見上げながら、その小さな手でアルケインの手を包み込んだ。いきなりの事に驚くものの、甘んじてそれを享受するアルケインに名前はどこか嬉しそうに笑った。そしてしっかりとアルケインを見つめた。

『お誕生日、おめでとうございます。アルケインさん』
「!」

はっと思いよくよく考えた。そうすれば自ずと出てくる答えに頬が緩むのを止められない。
本国の現在の日時は3月3日午後11時51分である。アルケインの誕生日である3月3日の終わりを迎えようとしている時間だったのだ。きっと目の前の彼女は誕生日のうちにアルケインにおめでとうと言いたかったのだろう。だからこそこの時間帯にこんなところでアルケインを待っていたのだ。

「本当に、貴女という人は……」

アルケインは包み込まれたてをほどき、自由になったその腕で名前の体を包み込んだ。優しく、でも力強く。小さな彼女の顔はアルケインの胸のところにある。そしてアルケインは顔を動かし名前の左耳に顔を、唇を寄せた。

「こんなことをして、僕をどうしたいんですか」

はぁ、と熱の篭った息を吐き出せば、思わず息を呑む名前。そんな名前の様子にクスクスと笑うアルケイン。

「流石に、こんなところでは何もしませんよ」
『も、もうしてます……っ』
「ククク、早く家に帰りましょう?」

アルケインは疲れていた。しかしそんな疲れも愛しい人の行動一つでなくなるのだから自分も単純であるとまた失笑した。




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