「死ぬしかないんじゃ」

空は快晴だというのに神奈川県にある立海大附属中学のとある一角には暗雲立ち込め大荒れの模様となっていた。
場所は屋上。貯水タンクの影に隠れるようにして体育座りで縮こまる175センチの大の男。立海でも有名な仁王雅治だった。
グスンといういかにも落ち込んでいますといった擬音を発する彼には所謂「ペテン師」としての風格はゼロだった。そして時折彼の口から漏れる物騒な言葉もまた「彼らしさ」をかき消している要因だろう。いや今のこの姿こそが「彼らしい」のかもしれないが。

『やっぱりここにいた』
「名前ちゃん……」

仁王に影が差したかと思えばそこに立っていたのは仁王とは長い付き合いの名前だった。元々地元が神奈川ではない仁王にとってこの土地に幼馴染と呼べる人間はいない。しかし強いて言うのであればこの名前が神奈川における幼馴染と言えた。
クラスも別。仁王は委員会に所属しておらず名前は保健委員会。部活も当たり前だが別。共通点なんてほとんどない二人だしだからといって朝一緒に登校したりお昼を一緒に食べたりなんてこともない。
だからきっと仁王の友人も、名前の友人も仁王と名前が仲良しだなんて誰も思わないだろう。

大した関係ではないのだ、実際。それでもどこか互いに踏み込める箇所が存在している、そんな関係。

『合同数学。仁王がいなかったから』

いくつかのクラスが合同で、またその中でレベルごとにグループを作って行う数学の授業。仁王の得意教科である数学となんでも卒なくこなす名前はこの合同数学ではレベルの高いとされるグループに割り振られている。
仁王は異名も相まって授業をサボることはよくあったが、好きだと豪語している数学の授業は基本的にサボらなかった。しかし今日の数学の時間、仁王はいなかった。それを見た名前は体調不良という言い訳を使い教室を離脱。屋上へと足を伸ばしていたのだ。

『こすっちゃダメ。赤くなっちゃうから』

透明で澄んだ液体が切れ長の瞳からこぼれ落ちてゆく。それを仁王はカーディガンの袖でゴシゴシと拭うが、名前はやんわりと止める。そして持ってきていたフェイスタオルを目元に宛てがった。

『今日はどうしたの?』
「……廊下で言うとった。銀髪ダサいって、似合っとらんって」

ギリギリ言葉になっている、そんな声量だったが名前はしっかりと聞き取っていた。そしてあからさまにため息を吐き出す。
そのため息に仁王はピクリと肩を震わせて、恐る恐るタオルの影から名前の顔色を伺った。

『そうやって影で人のこと悪く言う方がダサい。わかるね?』
「ぅ」
『それに仁王には銀髪、似合ってるから』
「ほんま……?」
『うん』
「ほんまに、ほんま?」
『私は嘘つかないよ。仁王には』
「そうじゃな」

ホッと表情を柔らかくする仁王に名前も安堵した。
しかしすぐさま顔色を青くする仁王。

「す、数学サボってしもうた……合同じゃろ?あぁ……真田とやぎゅーに叱られる……」

どないしよ……と涙目になる仁王の頭をぽんぽんと撫でる名前。

『一緒に謝ろ?』
「一緒に謝ってくれるんか?」
『もちろん』

その瞬間に鳴り響く授業が終わったと知らせるチャイム。

「俺はもう少しここにいるナリ」

B組の次の授業は音楽。仁王はそのまま音楽をサボるのだろう。しかし名前はA組で次に政治経済の授業が組まれている。
名前は立ち上がってスカートを手で払いながら形を整えた。

『あ、仁王』

思い出したという顔で名前がポケットから取り出したのは絆創膏だった。仁王の右手を取ると手首にある小さな傷跡の上にそれを貼り付けた。
左利きの仁王は癖で右手首を握り締め、自身の爪で傷つけてしまっているのだ。

『はい』
「ありがとナリ」
『痛くない?』
「痛い」

真顔でそう言う仁王に名前は困ったように笑った。

『じゃあ、魔法ね』
「!」
『ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んでいけー』
「治った」
『ふふっ、よかった。あ、仁王ならちちんぷりぷりの方が良かった?』
「名前ちゃんの魔法じゃからちちんぷいぷいじゃよ。俺が名前ちゃんにするときはちちんぷりぷりしてやるけん」
『ありがと。楽しみにしてる』

名前の綺麗に肩口で切り揃えられた黒髪はふんわりとゆれた。
ぱたりと、屋上の扉が閉まった音がした。

「あー、死ぬ」

仁王は大の字で空を見上げてつぶやいた。

「名前ちゃんが可愛すぎて死んでしまうんじゃけど」




幸せな泥沼に嵌る



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リハビリも兼ねて仲良くさせていただいております澪さんにリクエストいただいて書かせていただきました。鬱々とした仁王ということだったのですが、欝ってナンデスカ状態ですね申し訳ないです。どちらかというとヘタレ……



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