これは私のエゴなんだろう。
彼は永久を生きる者だ。そんな彼はもう歳を数えることを止めている。だからこそ己の誕生した日など既に記憶にはない。
それでも感情を持ち生きる私たちは少なくとも祝われることに抵抗がない。照れくさいけれど嬉しいものなのだ。それは人を超越した彼にも当てはまるようで、彼は自らの誕生日を自らが勝手に作り上げてそれを公言した。
たくさんのひとに祝われて贈り物をもらい満更でもなさそうな彼。
でも私は素直に喜べないでいた。
彼が生まれてきてくれたことに私は心の底から感謝している。彼に出会えていなければ私は今頃この広い大陸のどこかで犬死していただろう。彼がいたからこそ、私は今ここに存在できている。
でも、本当に彼が生まれた日ではないであろうこの日に彼を祝うことに意味はあるのか?
といっても彼自身本当に生まれた日のことは本当に覚えていないだろうし思い出す気もないだろう。きっと私が生きているあいだに彼の本当の誕生日など知ることはない。
それでも私は、彼の誕生日という特別な日をきちんと祝いたかった。
これは、私のエゴなんだろう。
『月が出てる、』
血に濡れて本来の輝きを失った剣を鞘へと戻す。刺すような寒さは私の頬を張り詰めさせる。時刻は既に深夜。周囲からまだ戦いの音は聞こえるが日中に比べれば静かな方だ。
ふと、足元に目を向ければ転がっているボトル。腰を屈めて拾えば程よい重量感のあるワインボトル。
『中身、入ってるや』
少し揺らせば、ちゃぷんと揺れる中の液体。月明かりに照らせばその液体の影が映し出される。
少しの思案。私は腰から小刀を取り出し芳醇な香りを閉じ込めているコルクへと突き刺した。少し斜めにして引き抜けばポンとコルクが抜ける。瞬間鼻腔をくすぐる香り。
手元にグラスなんてあるわけがない。私はそのままワインを煽った。
『はぁ』
アルコール特有の熱い感覚が喉を通っていく。
「いいもの飲んでますねぇ」
『ッ!?』
二口目を口に含んだ瞬間背後からの声。気配なんて感じていなかった。突如として現れたソレに私は思わずワインを口から零す。
私はこの声を主を知っている。
「あーあ、もったいない」
『けほっ、あ、アルケイン将軍、どして、』
「どうして?」
見上げれば彼自慢のブロンズの髪の毛は月明かりに照らされて煌めき、彼の肌の白さは一層際立ち妖艶さを醸し出していた。そんな彼は首をかしげまっすぐに私を見つめる。
『今日は誕生パーティーだと、』
「えぇそうですよ。といってももう終わりましたし」
『そ、そりゃあもうすぐ日付も跨ぎますが……』
「僕がここにいてはまずいのかい?」
『そ、そんなことはないですよ!』
「フフフ……」
そっと伸ばされたアルケイン様の腕。いつもしているはずのシルクの手袋は何故か外されていて冷たく陶器のような手が指が私の顎に触れた。
「ほら、ここにもワインが」
『え、あ、』
細く長い指はそのまま輪郭をなぞり赤紫の液体を掬っていく。そして掬われたソレはチュっとアルケイン様の口元へと消えていった。
『ッ!』
「君は、祝ってくれないのかい?」
『そ、れは、』
私は思わず彼から目をそらす。
『エゴ、ですよ』
「エゴ?」
『曖昧でどうしようもない理由ですよ。理由、必要ですか?』
「聞いてみたいな、僕は」
私は言った。本当の誕生日ではないこの日に祝うことに疑問を抱いていることに。
「じゃあ祝ってくれないのかい?僕の誕生日」
『祝いたい、です、けど、でもやっぱり、大好きで大切な人の誕生日だからっ』
「相変わらず可愛い人だね君は」
そういって冷たい手のひらは私の頭を撫でた。
「ならこうしましょうか」
『?』
「毎日僕の誕生日を祝ってください。毎日全力で僕の誕生日を祝って愛して?」
『っ!』
「その代わり僕も毎日君に僕の愛を捧げよう」
『アルケイン将軍、』
「なんだい?」
『お誕生日、おめでとうございます。大好きです』
「僕もだよ」
理由なんてものが必要な世の中に告ぐ
Happy birthday !!
2013 3.3