私は元々、この世界の人間ではない。世間一般で言う、トリップというやつだ。


知ってる世界だけあって、困ることはなかったが……。



でも、所詮トリップ。



いつかは、この世界ともおさらばしなければならない。


わかってた……つもりだった。



最期。











いきなりこの世界に来たから、いきなり元の世界に帰るもんだと思っていた私。

でも、違った。



夢を見た。



「あと、2週間……あと、2週間だ」



これが本当なのかはわからない。でも、本当な気がする。脳がそういう信号を出している。


もう、2週間しか、この世界にはいられないのか。


頬を冷たい何かが伝った。



ネクロス王国。

私を拾ってくれた国で、私が元の世界でも愛していた国。


しかし、戦闘経験なんてなかった私にとってそこは惨状だった。



予想はしていたが。



武器だって、使ったことなんてなかった。でも何故か、弓を使うことができた。



『私にも、できることがある』



嬉しかった。ネクロスに、本当の恩返しができると、思ったから。




ネクロスは私が思っていたよりも居心地がよく、楽しい国だった。どこに馬の骨かもわからない私に、優しく接してくれた先輩兵、ランカーの皆さん。そして、将軍。



………アルケイン様。



私の予想よりもワインが好きで、


私の予想よりも大きく、


私の予想していたよりも……優しいお方だった。



嗚呼、この人についていこう。




そう、思ったんだ。





でも、もう、会えなくなる…




あと2週間。


そう思ったら、どうしていいかわからなくなった。……普段通りにいけばいいのだろうが、できる気がしない。



そう思ったら、自然と、アルケイン様を避けるようになっていた。







「…名前、最近アルケイン将軍といないよね」



同僚がそう声をかける。



『え?そうかな?というか、ナニソレ?私とアルケイン様はペアかなにか?』

「そうじゃないの?」

『は?』

「名前にはアルケイン将軍。アルケイン将軍には名前。そうだと思ってた」

「あれー?名前。アルケイン様と一緒じゃないのか?」

『え?』

「そういえば最近一緒に居ないな?喧嘩でもしたかぁ?」

「あはは!喧嘩か!」

『し、してないっ!』

「?じゃあ何があったんだ」

『……いや、別に……なにも…』

「……お前はそれでいいのか?」

『え?』

「…後悔とか、したら遅いんだぞ。俺らの人生短いんだからな」

「お前、アルケイン様の真似したろ?」

「あ、ばれたか?」

「「あははは」」



………後悔、か。

でも……どうすれば…



「名前?おま、どうした?」

『え?』

「泣いてるぞ?」



指摘され初めて気づく頬を流れる雫。



『え?あ………』

「本当に……何があったんだよ」

『実は……』



私は夢のことをみんなに話した。現実味なんてない、曖昧なものだったけれどそれでも私は不安に押しつぶされそうになっていたから。



「本当なのか、それは、」

『わからない。でも……そんな気がする』

「……名前…。今からアルケイン様のところ行ってこい」

『え、でも』

「ちなみに、その夢を見てからどのくらいたったんだ?」

『一週間……』

「もう一週間しかないんだぞ?」

『どうしていいかわからない……』

「自分に素直になりゃいいんじゃねえの?」

『でも!』

「……大丈夫だ。」

『……わ、かりました』



みんなから背中を押され、私は重い足取りでアルケイン様のもとへと向かった。



コンコン……


アルケイン様の部屋の扉をノックする。警備兵ももう事情を知っている。



「誰です?」

『………名前です』

「!……入って」

『失礼します』



扉をゆっくりとあける。部屋の大きな椅子に座っていた、アルケイン様。



一週間。

たった一週間しか会ってないだけなのに……すごく長い間会っていなかったような錯覚に陥る。



「……なんで僕を避けていたんだい?」

『え、いや…避けていたわけでは……いえ、避けていました』

「…理由を聞いてるんだ」

『……ッ』

「…座って。名前」

『失礼します』



大きなソファに身を沈めた。



「で、」

『……アルケイン様』

「……」

『私は、この世界とは別の世界から来ました』

「そうだね」

『…いつか、帰らなければならない時が来る。覚悟をしていました』

「…うん」

『……あと…一週間です』

「君まで冗談を言うようになったのかい?」

『冗談を言いに、部屋に来ませんよ』

「……本当なんだね」

『……確信があるわけではありませんが…でも、そんな気がします』

「で、僕を避けてた理由は?」

『どうしていいか…わからなくて…』

「………」

『もう少しで、アルケイン様に会えなくなる。そう思ったら、貴方の顔を見ることさえつらくて……』

「名前……」

『私は…アルケイン様のことを…お慕いしておりました……』

「ッ……」

『だからこそ……辛かった。』

「……おいで、名前」

『え?』



アルケイン様は手を広げて、私を呼んだ。


私はゆっくりとアルケイン様の許へと近づいていった。


目の前までたどり着いたところで、アルケイン様に抱きすくめられた。



「……僕は、不死者だ。」



耳元でアルケイン様が言葉を紡ぐ。



「…愛する者が僕より先に朽ちていくんだ……耐えられないほどの苦しみだった…」

『………』

「だから僕はもう…愛する者を作らないことにしたんだ………」

『ッ……』

「でも……僕は、キミが大切になってしまった」

『!』

「手放したくない……ずっとこうして僕の腕の中に閉じ込めておきたいくらいだ…」

『アルケイン様……』

「……名前…。愛してる………」

『ッ……!アルケインさまぁ…』




私はその日ずっと、アルケイン様の腕の中で泣き続けた。







私の事は、各将軍、国王陛下にも伝えられた。そして、カイゼル国王陛下の計らいにより、私は残りの一週間をアルケイン様と過ごせた。その中の一日はあいさつ回りに使ったが。


そして、元の世界に帰る前の夜。私はアルケイン様の部屋にいた。


こぽこぽとワインをグラスに注ぐ音が部屋に響いた。



「こうして…ワインを君と飲むのも…最期、なのかな…」

『………』

「さぁ…飲もう」



最期の夜は、私の中で忘れられない思い出の一つになった。





『……アルケイン様』

「…なんだい?」

『私、ここに来れて、よかったって思ってます』

「……どうしてだい?」

『楽しかった……なにより…貴方に出会えた』

「それは僕もだ……」

『私は確かに、居なくなりますが…』

「君のことは忘れないよ」

『…ありがとうございます……カイゼル国王以下、皆さんに感謝の意をお伝えください』

「…わかった」

『アルケイン様』

「なんだい?」

『……きっと、どこかで会える気がします』

「………」

『じゃあ……そうですね…100年後。また、貴方の許へ』

「僕は、約束は忘れないよ?」

『えぇ。わかりました。是が非でも、会いに来ます』

「……名前…愛してる」

『私もです』




私は、元の世界に戻ってきた。


記憶は、ある。







最期に愛してるを。ただそれはまた会うときの呪文で。







『……今日からアルケイン将軍の直属、不死工場に配属になりました。』

「……約束、守ったくれたんだね」

『当たり前ですよ。』



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