京の都も、もう桜舞う季節だ。

京都でも此処、『新選組』の屯所にも、同じく春の訪れは告げられていた。



屯所の庭には桜の花びらが入り込み、綺麗な桃色が、庭を飾っていた。



良い風情の中、それでも騒がしくなるのがこの屯所。



「あー!また新八っつあん!!なんで俺のめざしばっかとるんだよ!!」

「さっさと食わねえからだよ」

「クッソー…」



毎度の食事時の見慣れた光景。

それを見て微笑む少年…否、

少女が一人。



「おい!名前!!何笑ってんだよ!」

『いやぁ……毎回毎回楽しいなぁって。フフフッ』

「見世物じゃねえんだぞ!!」

『わかってるよ勿論。そうだ! はい、私のめざし、あげるよ』

「え? いいのか!?」

『そこまで私食べないし、かまわないよ』

「やった!」

『フフ…』

「名前ちゃんってさ……平助に甘いよなぁ」

『え?そんなことないですよ?』

「じゃあさ! 俺にめざしくれよ!」

『今、平助君からとったじゃないですか。いらないでしょ?』

「う……」

『ご馳走様でした。あ、土方さん。お膳、おさげしますね』

「あぁ、頼む」



部屋を出て行った名前。名前は新選組でも隊士を務める剣士である。剣の腕を然ることながら、女性特有の気配りもできると新選組内では尊敬されている人物だ。

それはもちろん、この広間にいる幹部にも言えることだった。



「新八さん、やきもち?」



面白そうに目を細めながら問う総司。



「いきなりなんだよ、総司。そういうお前はどうなんだよ」

「僕? さてね、どうだろう。でも今確かなのはさぁ……平助が名前のことが好きなことでしょ?」

「はっ!?」



総司の言葉に真っ赤になる平助。



「違ぇねぇ!」

「お、おれは別に…!」

『平助君、どうしたの大声で』



自分のものと土方のお膳を下げ戻ってきた名前は広間の騒ぎに首をかしげた。



「え?いや、なんでも…」

『あ、斎藤さんもお下げしますよ』

「すまない」

『いいえ』



そして斎藤のお膳を持ってまた広間を去っていった。



「なんであんなに働くんだ?」



平助は名前が完全にいなくなったのを確認し、口を開いた。



「どういうことだ?」

「いや、だってさ……名前だって幹部だろ? 働かなくていいってわけじゃねえけど……その雑務っていうの? やけに多くこなしてる気がして……」

「「「……」」」



部屋に沈黙が訪れる。


そこで口を開いたのは土方だった。



「あいつは……」

「「「?」」」

「あいつは、悩んでる」

「「「……?」」」



土方が発した言葉に幹部の顔に疑問が浮かぶ。



「悩んでるのは昔からだったが……今は特に……新選組の名が知られ始めている。俺らにとって見たら良いことだ。苗字だって喜んではいるが……」

「なんだよ土方さん……! もったいぶってねえで……」

「女ってことを意識しなきゃいけなくなった」

「「「!!!」」」

「俺らはもう昔から一緒だったからな、あいつが刀を振るおうが何の違和感も疑問もねぇ。だが世間様は違う。女武士なんざ認めねえんだよ」

「「「………」」」

「あいつは自分の存在が新選組の発展に邪魔なんじゃねえかって考えてる

「そんなこと…っ!」

「だから! あいつはもし、自分が武士でいられなくなった時の自分の此処での居場所を作ろうとしてんだ」

「でも土方さん! 名前は腕が立つ! そうだろ?下手したら俺なんかよりずっと……!」

「あぁ」

「なら……!」

「俺もそれを望んでる」

「!」

「あいつが自信を持って、武士として働けばきっと……な」

「名前ちゃんは…そんなことで悩んでたのか…」

「そんなそぶり…」

「たまに見かけたよ。庭で……寂しそうな顔してるの」

「総司、知ってたのか……?」

「まぁ、なんとなくですけどね。僕だってあの子とは長いから」

「苗字はいつも一人で剣術の稽古をしていた。毎日だ。非番でも」

「斎藤…」

「俺らだけか?知らなかったの」

「そうみてぇだな…」



原田と新八が顔をうつむかせる。



「俺も、知らなかった……気づけなかった……っ」

「平助……」

「なんか……してやれねえかなぁ……」

「お前にしかできねえこと、俺はあると思うぜ?」

「土方さん?」

「……フ、いってこい」

「はいっ!」



そういって平助は広間を飛び出した。





そのころ名前は井戸のそばで食器を洗っていた。



『いやぁ、まだ春先だもんね……水が冷たいや』

「名前!!」

『へ、平助君?』

「ちょっと話があるんだけど!」

『え? でも洗い物が…』

「いいから! こっち!」



手を引かれやってきたのは中庭。



『どうしたの…? 平助君』

「ちょっと手合せ! はい! 竹刀」

『わ…! 投げなくても……』

「悪い悪い! じゃ、行くぜ?」

『あ、うん……』

「はぁっ!」

『たあっ!』



竹刀同士がぶつかり合い乾いた音が響く。


そして竹刀同士は鍔迫り合いをはじめる。



『ハッ!』

「あ!」



地面に転がる一本の竹刀。


鍔迫り合いの末弾き返したのは名前



「っ…!」



名前の竹刀が平助の喉元へと向けられる。



『ここまでかな?』

「まいりました」

『でも……いきなり、どうしたの?』

「まぁ、座ろうぜ」

『うん』



軒先に二人で腰掛ける。



「名前さぁ、変なことで悩むなよな」

『え?』

「お前はさ、新選組にとっては大切な奴だから」

『!』

「それに俺より強いし?」

『あ、だから……』

「こんな剣客、いなくなったら俺はいやだなぁ……つか、無理矢理でも引き止めるし」

『!』

「変なこと考えずに務めを果たす! だろ?」

『そ、だね』

「それに」

『ん?』

「俺にとっても…お前は…その…大切だからさ……っ!」

『っ! あり、がと……平助君』




桜舞う季節、



一人の武士が咲き誇る準備を始めた。





共に在る為






共に在りたい、それが願い。

だから、

強く、強く。




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