その日、ヤムル平原は雨だった。草木は雨に濡れ、雫が至る所で跳ねていた。

こんな日に爆炎魔法は使えない為、今日のこの戦場では、弓矢、剣が戦いの主流になっている。


それでも足場がぬかるんでおり、いつものように戦えていないようで。我らがネクロスも含めた3つの軍がそれぞれ苦戦していた。



「雨、止まないですかね?」



ネクロスの仮説テントの中で僕は呟いた。防水加工のされたテントの布を雨がパシパシと叩いている。



「この雨脚だと今日は晴れませんよ、将軍」



僕の隣にいる直属の兵が僕のつぶやきを拾ってそう答える。



「う〜ん、困ったなぁ……。ねぇ、名前は?」



僕はお気に入りである彼女の名を呼んだ。



「名前ですか?まだ戦場だと思いますよ?」

「雨の中?本当に?」

「はい。先ほど『矢がなくなるまでは戦場にいる』と言っていたので」

「……風邪なんかひかれたら困るんだけどな…。他の国の様子は?」

「どこもこの雨でうまく動けていないようです。動けているのはテオドアの弓兵数十名と、アルゴスの剣兵数十名と、我々の弓兵、名前が率いてる隊です」

「名前はどのくらいの人数を率いている?」

「およそ80名です」

「そんなにか」

「戦況といたしましては、今日だけで見れば我々の優勢です」

「そうか……」



外を見れば、数少ない雲の切れ間から夕日らしき橙色の光が地に降り注いでいる。



「もう日が暮れるね」

「兵を引かせますか?」

「そうだね。僕も行くよ」

「ですが……」

「僕は今日何もしていないから、いいだろう?」

「わかりました」



僕は剣を持ち、テントの外へ出た。





戦場を歩いていると撤退を始めた兵がテントの方へと向かっていた。名前が率いていた隊のようなのに、その中に名前の姿は見えない。

僕はまた戦場を歩いた。



遠くに一人の影が見えた。

あのシルエットを僕が見間違える訳がない。でも僕はすぐに声を掛けられなかった。


彼女が…


名前が、


雨と一緒に流れていきそうで。すごく、儚いものに見えたから…。


彼女の頬を鮮血が伝っているのが見える。

一見目をつぶりたくなるその光景も、何故か、美しく見えてしまった。



「名前」



ようやく彼女の名を呼ぶ。

彼女は振り返り、一瞬驚いた顔をした後、にっこりと微笑んだ。



「…帰ろう?」




脆く、儚く、美しく



雨が見せた、その景色が、瞼に焼き付けられて。

無性に彼女をこの胸に引き寄せたくなった。


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