『幸せについて考えてみた』のアルケイン目線。













その日の夜は本当に星が綺麗に輝いていて、ここが戦場であることも忘れ、眠ることすら忘れた。


少しの肌寒さを感じながら仮設されたテントを出ると、ベンチに座り込んだ後姿を見つけた。月に照らされた彼女の髪の毛は、冷たい風によって弄ばれていた。

そんな後ろ姿がすごく儚くて、僕は静かに近づいた。



『はぁ………』



聞こえてきたのは溜息。

僕は堪らず声をかけた。



「…どうしたんです?こんな夜中に星空の下で溜息なんて」
『!!』
「吃驚させてしまったかい?」
『…アルケイン様』



背後から声をかけると名前は本当に驚いたように後ろを振り向き目を見開いた。

そしてそれが僕だと確認するとすぐに安堵の表情へと変わった。



『…お休みになられないのですか?明日も早いですよ?』
「それは君にも言えることだよ、名前」
『私は……心配には及びません』
「そうか」
『………』



何かを隠すように話を切り出した名前。

僕はそれが気になって仕方がなかった。


それ故に、いつもなら穏やかであるはず沈黙を鋭いものに変えた。



『……アルケイン様、私…何かしました?』
「いえ、ただ」
『ただ?』
「ため息の訳は話してもらえないのかと」
『………』



名前は僕の鋭い視線に気づいて声をかけてくれたが、それでも内容はなかなか話さないようだ。



「僕に話せないこと?」



出来るだけ声色穏やかに。

名前を諭すように声をかけた。



そうして意を決したような表情になると、話し出した。



『アルケイン様は今、幸せですか?』
「……幸せ、ですか」
『はい』



名前はそんなことを考えていたのかと、正直驚いた。


幸せ……一概に言葉で表せられるようなものではない。



「そうですねぇ…幸せというものの定義が曖昧で」
『………』
「ワインを飲んでいるときは確かに幸せかもしれませんね」
『そうですよね…ワインはアルケイン様と同じだから…』
「名前?」



急に目じりを下げ、悲しげな表情に変わった名前



『私とアルケイン様は違うから…アルケイン様の気持ちを私は知ることができない。その断片ですら掠めるのが精いっぱいで……でもたまにすごく悲しそうな顔をアルケイン様はするから……』
「!」



まさか、僕がそんな表情をしていたということを知られていたとは思わなかった。


……名前にはいつもいつも驚かされる。



『私はいずれ死にます。でもアルケイン様は死なない。死ねば何もかもを失ってしまう。けど死ねなければそれはずっと残る…』
「そうですね」
『記憶や感情……きっとどれもアルケイン様について回っている。そしてそれをどれも我慢して生きている』
「…でも、僕が経験した辛い記憶よりもつらい経験をしている人なんてこの世の中には沢山います。そうおもえば、辛くないですよ」
『それでも、涙を流したのでしょう?』
「!」
『私は、我儘だから…アルケイン様が、一人で涙を流すという行為が辛いです』
「……もう、慣れましたよ」
『慣れる?悲しみに?苦しみに?そんな負の感情に慣れたっていうんですか?』
「…不死者というのはそういうものです」



僕は不死者で。長く生き、この先も生き続ける。


それはもう、それこそずっと昔からわかっていたことで、だからこそ、慣れというものが生じた。


その慣れでさえも、名前は悲しんでくれる。


こんな、僕の為に。




『……やっぱり私は我儘だ』
「名前?」
『私はっ!貴方の幸せを、願ってます…できれば…私がその幸せを作れれば…なんて大それたことを思ってしまうんです…。負の感情に慣れるほどの年月を重ねた貴方に対して失礼ですよね』
「…いいえ、名前。そんなことはありません」
『え?』
「貴女の存在は、今の僕をちゃーんと幸せにしてくれています。一緒にいるだけでこんなにも心が満たされる。慣れてしまった負の感情ですら薄めてしまうほどに」
『………』
「ただ…そうですね。名前が悲しいと僕も悲しい。だから、貴女が朽ちてしまうその時まで……僕の前では笑っていてほしい。それが僕の幸せだ」
『アル…ケイン様……』
「さぁ、体が冷えてしまうよ?中に入ろう」
『…はい』



不死者的幸福論




僕はもう何もかもを受け入れるつもりだ。

悲しみも苦しみも喜びも痛みも……

それでも求める幸福を君はくれる。

僕は長く生きる…いや、死なないものだから、我儘は言わない。

でも、もし、一つだけ我儘を言えるのなら……

長く引きずるであろう負の感情をも上回る幸福を、

あの少女から、受け取りたいと、

そう思う。

それが僕の幸福論。





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