僕には前世の記憶がある。
僕の前世は幕末の武士の一人だ。その生涯は楽なものではなかったし、辛いことの連続だったのだと思う。
実際、今では考えられないようなことばかりが記憶に残っている。
血にまみれた、人や土や刀。人斬りとして恐れられていた日々。
それらはまるで、ゲームの中の世界のようだった。
でも、辛いことばかりだったわけでもない。
僕には、愛していた女の子がいた。
僕はあの子を愛していた、死ぬその瞬間まで。でも僕は彼女を置いて死んでしまった。
彼女は僕が死んだあとにどうしたのだろうか。笑って生きたのか泣いて生きたのか、それ以外か………。
笑っていて欲しいというのが僕のわがまま。でもそれを知るのは本人、彼女だけだ。
そんな最近、僕は見つけてしまった。
愛し抜いた彼女、名前を。
僕は自分を抑えきれず、彼女のもとへ駆け寄った。
「名前!」
『え? あ、あの……?』
「名前……」
『あ、あの……お知り合い、でしたか?』
「!」
彼女は、前世の記憶を持っていなかった。
僕は彼女に僕のことを覚えていて欲しかった。そうすればきっと、また二人で愛し合えるから。
でも、果たして彼女は前世のことを思い出して幸せなのだろうか?
僕にとってみれば、彼女がいるだけで幸せだと感じることのできた前世の記憶だ。でも彼女にとってみれば血にまみれた汚れた記憶でしかないのかもしれない。
今を生きる、今の平和な世を生きる人間にとってあの頃の記憶は本当に辛く苦しいものだ。
そんなものを思い出して、彼女は苦しまないだろうか?
「……あ、ゴメンね? 人違いだったみたい」
『いえ、気にしないでください。ただ、私の名前も名前だったので、奇遇ですね!』
「そうだね……本当に……ゴメンね」
『気にしないでください! それじゃあ』
「うん。じゃあね………名前」
彼女の去る後ろ姿は、あの頃と何一つ変わっていなかった。
バッドハッピーエンド
これでいいんだ。
僕は自分の頬が濡れるのを、気づかないふりをした。
title by 「ポケットに拳銃」
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